鳩鳩鳩鳩
花衣 龍
第1羽
それに気付いたのは、たしか木曜日だった。
新宿駅。大学への通学ルートはここ乗り換えが一番便利だ。
一限目から授業がある日は通勤ラッシュと重なる。早足で歩く大人達の間をすり抜け、大学一年目で導き出した最短距離で乗り換える。
視線を感じるようになったのがいつだったかは、覚えていない。ある日から、ふと誰かに見られているような感覚がするようになった。
ストーカーとか、不審者にでも付きまとわれているんじゃないかとも思ったが、ほかの場所では視線は感じない。決まって、新宿駅で降りたときだけだ。試しに友人に着いてきてもらったこともあったが、特に怪しい人は見つけられなかった。
定期券内ということもあり、友人と遊ぶときも新宿駅で集まることが多い。その木曜日、少し早めに到着した私は、柱に寄りかかり待ち合わせ時間になるのを待っていた。
いつもの視線。反射的にその方向を見る。
鳩と目が合った。
真っ直ぐこちらを見つめているのに、どこか分かり合える気がしない。
もともと鳩は苦手なほうだ。鳩モチーフのものは可愛いと思うし、鳥という生き物も興味深くて好きだ。でも、急にばさばさと羽根を動かす鳩には幾度となくびっくりさせられてきた。
その鳩が、じっとこちらを見つめている。最初は一羽だけかと思ったが、よく見ると周りの鳩全羽こちらを見ている。赤い色の目。
思わず目を逸らす。スマホに視線を戻し、SNSのタイムラインを遡り、何か面白い話題はないかとスクロールを続ける。
ずっと視線が刺さっている気がする。
その日の友人との会話は何も頭に入ってこなかった。話があまり弾まず、夜ご飯まで食べるはずだった予定は早まり、夕方で解散になった。
帰りの駅には、鳩はいなかった。
その後も乗り換えは新宿駅を使い続けている。通学の最短ルートだから。
ただ、視線は常に真っ直ぐ、上に。地面の方を見ないように。
◇
二ヶ月ほど経ち、鳩の思い出も薄れてきた頃。
よいお天気だったので、大学の外のベンチで図書館から借りた本を読み進めていた。今日は四限からだから、少しのんびりできる。
ふと、視界の端に何かが通った気がした。
ページを捲る手を止め、視線を上げる。
ベンチの前に佇む一羽の鳩。
思わず本を閉じ、見上げると街路灯の上にも鳩。
全羽こちらを見ていた。新宿駅と同じような、あの目。
今日の気温は低くないはずなのに、寒気がした。
それから外のベンチに座るのはやめた。
◇
大学二年生も終わり、三年生になった。
今では家の前まで鳩が来る。
これを書いている今も、窓から外を見ると目が合う。鳩がこちらを見てきます。
どうすればいいですか。
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