第5話 準備

「ふー、いい湯だね」


 ばあやが準備してくれた湯にわたしはゆっくりと浸かった。


「お嬢様……」


 ばあやの手によって、わたしに対して優しい侍女が集められているため、みんながわたしのことを心配そうにしながら身体を洗ってくれる。麻のような素材の布は少し痛いが、汚れはよく落ちている。


「ねぇ、ばあや。あとで聞きたいことがあるの」


「わかりました。では、お着替えは婆がしましょうね」


 髪も身体も磨き上げられ、森の汚れや身体の垢が取れ、臭さがましになっていく。


「毎日お風呂に入りたいくらい」


「ふふふ、お嬢様がこの国で一番偉い方に愛される姫君になったら、叶うかもしれませんねぇ」


 わたしの要望は国レベルの資金がないと無理なものだったらしい。せめて洗浄魔法で綺麗にできたりしないのかなぁ……。そんなことを考えていると、お風呂の時間は終わり、着替えの時間になっていた。






「お嬢様……婆に聞きたいことは、魔術に関係することでしょう?」


 二人きりになった途端、小声でそう言ったばあやの慧眼に目を丸くしながら、わたしは頷く。


「そうなの。ばあやが顔を見せるのは良くないことって言っていたから、わたしの顔に対する認識を阻害させるような魔術があったらと思って……。魔術だったら、そんなことも可能かなと思って」


「認識を阻害……魔術の中に隠の気を混ぜるということですか。優秀な魔術師の中にはそう言うことができる人がいると聞いたことがある気がしますが……婆にはできません」


 困った顔をしたばあやに対して、わたしは実現可能と聞いて、顔を輝かせた。


「ライト、できる?」


「任せろ、我が主」


「お嬢様? ライトとは……?」


 前世を思い出し、彼らが精霊だと気が付いてから、わたしは彼らを見えないふりをすることをやめようと思った。ばあやにどんな目でみられるか不安に思っていたが、わたしが認識阻害、と呟いて魔力を出しながらライトに頼むと、ばあやの目はみるみるうちに丸くなった。


「まぁ! 優秀だと思っておりましたが、お嬢様は本当に優秀ですね」


「魔術を使うには、精霊の力を借りるの。ライトはわたしを手伝ってくれる精霊……わたし、気味が悪くない?」


 契約したことは念の為伏せて、ばあやにそう告げるとにこりと笑ったばあやが言った。


「何をおっしゃいますか! お嬢様に言われて、婆は納得いたしましたよ。魔術を使っても思った通りにならないことがあって、変だなと思っておりましたから。精霊に力を借りていたのなら、納得です。……お嬢様の魔術はすごいですねぇ。お嬢様だとわかるのに、顔がお嬢様のように愛らしくありません。これなら、よっぽど高貴な方にも気に入られないでしょうし、顔を見せていないから、結婚に差し支えもないと思います」


 文のやりとりで御手跡の美しさやセンスの良さを理解させればいいですから、とばあやは満足そうに言った。偽物の顔であっても見られたらダメなのでは、とわたしは思ったが、ばあや曰く、「ここまでお嬢様のお姿と、髪色まで違えば、見間違いや別人ということになるので大丈夫でしょう」とのことだ。わたしが高貴なお方に嫁入りすることよりもわたしの幸せを考えてくれるばあやに、少し嬉しくなった。この記憶を思い出すまでは、お父様とお母様に愛されないことがつらく、愛されている弟を羨んでばかりだったが、今となってはわたしを愛してくれるばあやや優しくしてくれる侍女たちの一部、初対面の小汚い子供のわたしに優しくしてくれたお兄様の存在に、感謝の念に堪えない。


 前世の記憶があり、思わず気になったわたしはばあやに問いかけた。


「ねぇ、ばあや。文のやりとりって、大切なの? 別に字なんて読めれば良くない?」


 わたしはこの後ばあやの説教によって疲れ切ったのは、いうまでもないだろう。ばあや曰く、文のやりとりこそ恋愛や結婚の決め手になるもので、淑女として最重要というくらい重要な能力らしい。……元武闘派女王のわたしにそんな高尚なこと、できるかな……。




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