第3話 契約

「やっと帰してもらえた……」


 お兄様に精霊とは何かやら、魔術とは何かやらの議論に巻き込まれ、何か気に入られたのか次に森に来る日と時間を聞かれ、次回会うときまでの課題を与えられ、やっと解放された。わたし、まだ齢四才の女童わらわめなのに、あのお兄様ったらなんなの!? 四歳児を一人で帰すのは気が引けたようで、家の門の前まで荷物を持って着いてきてくれたのは本当に助かったけど。

 いったい、あれはなんだったのだろう? わたしはそう思い返して、帰りの出来事を思い出した。






「お兄様、いつも一人で帰っているので、大丈夫ですよ?」


 わたしがそう言うと、お兄様は嫌そうに顔を顰めた。


「こんな幼子を一人で歩かせて、拐かされたらどうする? 私は嫌だぞ?」


 初めて会ったのに、心配される言葉をかけられて、胸がほわっと温かくなった。


「……せっかくいい議論の相手ができたのに」


 ボソリと付け加えられた言葉に、わたしは頬を膨らませた。


「今、胸がほわっと温かい気持ちになったのに、その言葉は蛇足です!」


「其方、本当に四歳児か? 四歳が知っているはずのない言葉をよく使う。頭の回転も速いし、同世代でもここまで優秀ではないぞ?」


 顎に手を当てて悩まれながら、わたしは首を傾げた。


「わたしも違和感を感じることはありますが、四歳としてばあやにお祝いをしてもらったので、多分合っていると思いますが……」


 そんなことを話しながら歩いていると、いつも通っているはずの道の端に小さな祠があることに気がついた。


「あ……」


「どうした?」


 突然足を止めたわたしを振り返り、お兄様が心配そうな顔をした。


「あんなところに、祠が」


「あぁ。街を守るためのものだろう」


「街?」


「そうだ。この街に妖や獣が入ってこないように、結界を張るためのものだ」


「……」


 あれからわたしの後ろをずっと着いてくるようになった大きな獣を思わず振り返ると、一瞬視線をそちらに向けたお兄様が続けた。


「……そいつに悪意はもう感じない。人間に害をなすものに対する結界だから、大丈夫だろう」


「なら、この祠にもお供えをしないと!」


「あ、こら、待ちなさい」


 わたしがお兄様の持つ籠から一つ果物を取り、走って祠に駆け寄って供えた。手を合わせて祈りと感謝を伝えると、祠と大きな獣が光りだした。


「……何をした?」


「え、いつも通りのお供えを……」


 周囲にいたはずの人たちの動きは止まり、わたしとお兄様と獣や動物たちだけが動く。


「契約を、結びますか?」


 どこからか声が響き、わたしがきょろきょろと周りを見渡し、お兄様が身構える。獣がのっそりと歩いてきて、わたしの前にしゃがみ込んだ。


「我が主、契約を結んでくれぬか?」


「ふわぁ!? 喋った!?」


 わたしが驚いて腰をつきそうになるのをお兄様が支えてくれて、興味深そうに目を輝かせた。


「妖の正体が精霊、そして精霊の力で魔術を使い、契約を結ぶ、だと? となると、あの仮説が……」


 ぶつぶつ唱えているお兄様のことは無視することとして、目の前の子に声をかけた。


「あなた、喋れるの? 契約って何?」


「契約を結べば、対価に魔力を与えてくれれば、妾は主に従属する。人族の言う、魔術が容易に扱えるようになる」


「魔術!? 契約、結びます!」


「あ、このど阿呆!」


 お兄様の怒声が飛ぶ前に、わたしと獣の真ん中あたりが、リボンが結ばれるように輝いた。


「……主、まだ年齢と器が足りぬ。仮契約というかたちで契約を締結した。妾に名をつけよ」


「名……。羽があるし水色っぽいけど白い虎だから、白虎?」


 すごい嫌そうな顔をお兄様と獣から向けられ、わたしは再度考え直すことにした。


「ライト……?」


 突然頭に浮かんだその単語をわたしが口に出すと、ライトはにやりと笑ったように見えた。


「承知した、我が主」


 そう言われると同時にわたしは、いえ、あたくしはいわゆる前世と言うものを思い出した。あたくしは前世、精霊魔法を使いこなし、隣国との戦を終わらせ、神託を受けながら民を導き、女王として君臨した。そうだ、あたくしは、女王ユーリア・デン・コムフォルッドだった。精霊たちとの契約や精霊とのやり取りの仕方がわかっていたのは……。


「大丈夫か!? 目を覚ませ!」


「煩いのぅ、軽々しくあたくしに触れるとは」


「其方……大丈夫か?!」


 いつの間にかわたしを抱き留めていたお兄様に軽く揺さぶられ、わたしはゆっくりと目を開けた。お兄様は一瞬、息を止めたように見えた。 その黄金の瞳が揺らぎ、わたしを射抜くように見つめる。


「……お兄様?」


「よかった。無事か」


 わたしの杞憂だったかもしれない。いつも通りのお兄様にそう言って座らせられ、お兄様の腰につけていた水筒から、水をもらって飲んだ。


「ありがとうございます。わたし、失礼なことを言いましたよね?」


「いや……其方はいったい何を見た? 其方はいったい何者だ?」


 お兄様の瞳に映る、懐疑心に少し寂しく感じながら、わたしは一つ息をついて語り始めた。


「……戯言をとお思いでしょうが、わたしの前世を見ました。わたしの前世は、女王だったのです」


「女王……女の王か? それは……」


「この世界じゃ考えられないでしょう?」


 そう首を傾げると、お兄様に優しく頭をぽんと叩かれた。


「其方が何者であろうと、良き研究仲間だということは変わらない。むしろ、其方の知識の元はその前世じゃないのか? 詳しく話せ」


 目を爛々と輝かしたお兄様の姿にホッとしながら、わたしは呆れたようにため息をついたのだった。その横でライトはゆらゆらと尻尾を振っていた。


「家に着いてくるなら、そこの兎さんや鼠さんみたいに小型化できない?」


「了承した」



 肩乗りサイズになったライトを肩に乗せ、お兄様とともに家に向かうのだった。

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