第7話 通勤途中に助けた美女が、取引先の社長令嬢だった

《吾郎Side》


 ……翌朝。俺は、重い体を引きずりながら、会社に向かっていた。


「はぁ……」


 いつもなら……いや、いつも、キャンプ翌日の出社は気が重い。

 だが、今日は特に足取りが……重かった。


「……あんな大事になるとは……」


 俺は朝の出来事を思い返す。

 テレビを点けたら、『大田区公営S級ダンジョン踏破! 謎の探索者特集!』と、ニュースで流れていた。


 ……また、ネットでは【ソロキャンおじ】の話題で、お祭り騒ぎだった。


「……アリシア・洗馬せば、か」


 帰宅後、俺はネットで彼女のことを軽く検索したら、一発ででてきた。

 あの目立つ容姿、名前、そしてA級探索者って調べたら、すぐに見付けられた。


 どうやら世界的な歌姫『アリッサ・洗馬せば』の娘らしい。

 アリッサといえば超大人気ラノベアニメ、【デジタルマスターズ】の主題歌を歌ったことで有名だ。


 なにせデジタルマスターズ……デジマスは、劇場版第一弾で600億円を稼いだ。

 その後、最終章三部作が、それぞれ世界で2000億円を稼ぐ、化け物コンテンツ。

 そのアニメの主題歌を歌ったって事で、彼女は世界的有名歌手なのだ。


 ……その娘が、まさか探索者をやっていて、しかも俺と知り合うことになるなんて……。はぁ……。


 アリシアはダンジョン配信者だった。俺のソロキャンの様子が、彼女の配信を通して、世界に発信された。

 結果が、現状だ。


「……おちおち外も出歩けないじゃあないかよ……」


 念のため、俺は眼鏡をかけて変装はしてる。だが……だがなぁ……いつまで正体を隠せるか。


「ああ……メンドウだ……」


 横断歩道にさしかかる。

 信号が点滅していた。俺は渡らずに、立ち止まる。だが……。


 そのときだった。


 プップップーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


「は……?」


 赤信号だというのに、横断歩道を渡ろうとしてるやつがいた。

 そいつめがけて、トラックが猛スピードでツッコんでくる。


 ……俺は、じっくりと、そのトラックがぶつかる様子を見る。いや、見えてしまう。俺の体は、なんか知らんが、ダンジョンの外でも探索者同様の力を発揮できるのだ。


 俺の強化された目は、トラックがそいつを轢き殺そうとしてる様子が、スローモーションで見える。


 そいつは、スーツを着た女だ。

 スマホを見ながら歩いてる。だから、信号が変わったことに気付いていないのだ。


「馬鹿が……!」


 俺の体は動き出していた。そりゃそうだ。朝からトラック事故なんて見たいやつはいない。

 ただでさえ、今日は憂鬱なのだ。朝から気分が悪くなるようなことは、ほっとけない。


 俺はぐっ、と身をかがめて、弾丸のように飛び出す。

 トラックはまだ女を轢いてない。

 遅い……。


 迷宮の魔物たちとくらべて、こっちのトラックのなんと遅いことか。

 俺は女をお姫様抱っこして、そのまま、向こうへと渡る。


 プップップーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


「あ、危ねえぞ! 気をつけろ馬鹿野郎ぉおおおおお!」


 トラックの運転手がそう言い残して去っていった。

 若干、困惑していたようだ。まあ、明らかに女を轢くところだったのに、女が煙のように消えていたんだからな……。


 ざわざわ……と騒ぎになりはじめていた。


「え、何今の……?」「女の人ひかれそうじゃあなかった……?」

「でもあっちがわにいるし……」「あれぇ……?」


 一般人たちは、困惑するしかないようだった。

 そらそうだ。俺の常人離れした動きを、目で追えるやつはいない。


「あ、あの……」


「…………」


 女を改めて見る。白いスーツを着た、まあ……美女だった。

 だが、かなり若い。女子大生かと思った。新卒なんだろうか。新卒でそんな白いスーツなんて着るか……?


 あとなんか、髪の毛も白い。アルビノってやつだろうか。


「あ、すまん」


 俺はお姫様抱っこしていたそいつを、降ろしてやる。


「…………」


 なんか、ぽーっとした顔で、こっちを見ていた。

 ……面倒なことはごめんだ。


「じゃ! 次からは歩きスマホは辞めるんだぞ」


「あ、まってくださいまし!」


 待たない。俺は急ぎ足でその場を去る。

 俺の動体視力と身体能力をもってすれば、人混みのなかを超高速で動くことは可能だ。


 さっきの女を助けたのは、心の平穏を保つためだ。

 すなわち俺のため。


 お礼をしたい、とかそういうの要らない。だから、俺は逃げたのである。

 

    ☆


上高地かみこうちぃ~! てめ、なーにふざけたことしやがってるんですかぁ!?」


 会社でいつも通り、死んだ目をしながらパソコンを叩いていると……。


「……なんでしょうか、木曽川きそがわ課長」


 俺の上司、木曽川きそがわ課長が、俺の元へやってきたのである。

 小太り、はげ、たぬき顔のおっさんである。……俺もおっさんだが。


「てめ上高地かみこうちぃい! おいこらてめえ! なーーーーに残業代申請なんて出してるんだぁ……てめえよぉお!」


「…………」


 そう、うちでは残業代が、基本、出ない。いや、表向きはきちんと残業代が出ますとなっている。

 が、実際、申請しても通らないことが多い。というか、通らない。


「……それは、あなたがこれ残業してやっとけって、仕事を振ってきたから。その分の残業代を申請したんですが」


 俺が終電で帰ろうとした時、この木曽川きそがわは、俺に仕事を押しつけてきやがったのだ。

 残業しとけって。


 いやもうその時点で普通に残業してたんだが……。

 ともあれ、木曽川きそがわから急ぎで押しつけられた仕事のせいで、俺はその日会社に泊まるハメになったのだ。


 で、その分の残業代を申請したのだが……却下されたらしい。


「おいこら上高地かみこうち。立て!」


「…………」


 はぁ……。見世物にしたいらしいな、こいつ。まあいい。

 俺は立ち上がる。


「てめえはなんだ? 会社のなんだ?」


「……会社員です」


「はいちがいまぁああああああああああああああああああああす!」


 木曽川きそがわは俺の頭を、近くにあった書類を丸めて、それで叩く。

 無論、全然痛くない。ソロキャンをはじめてから、ダンジョンの外でも、俺の体は頑強になった (なぜか) 。


 だから、この程度のパワハラでは、体は全く痛まない。

 ……強いて言えば、周りからの視線が痛い。


「てめえは! 会社の奴隷です! 会社はよぉ、てめえみたいな仕事のできない! さえない! ゴミ屑を! 善意で雇ってやってるんです! その恩を仕事で返すのは当然だろうが! あぁ!?」


「…………」


「おい上高地かみこうち。おまえ、日曜出勤な」


「は!?」


 なんだと!?

 ふざけんな! 日曜は俺の……ソロキャンの日だぞ!?


「取引先の社長と、接待ゴルフの予定が入ったんだよ。おまえ、キャディな」


「っ。お、俺も予定が……」


「接待のほうが大事にきまってんだろうがっ! てめえのカスみたいな休日よりよぉお!」


 ……カスみたいな、休日。ふざけんな……てめえ……。

 その休日があるおかげで、俺は……一週間、奴隷であることを我慢しながら、仕事できるんだろうが……。


 俺の、大事な休日を馬鹿にされて……俺は、さすがに切れそうになった。


 そのときだった。


「そこまでですわ」


 ……オフィスに、誰かが入ってきた。


「あ……あのときの……」


 白スーツの、白髪の美女が、立っていたのだ。

 え? なんでここに、彼女が……?


「あ、あ、あぁあああああああ!」


 木曽川きそがわが突然叫びだし、白スーツ女のもとへ駆け寄る。


開田かいだ様! 【開田かいだ 舞子】お嬢様ではありませんかぁあああああああああ様!」


 開田……舞子? お嬢様……?


「いやぁ! 舞子お嬢様! お父様にはたいっへんお世話になっておりますぅうううう! へへぇ!」


 ……急に木曽川きそがわがへこへこと頭を下げ、気色の悪い声色で話し出す。

 なんだ、誰なんだこの子……。

 お父様……?


上高地かみこうち! 茶を用意しろ!」


「はぁ……お客さんですか?」


「うちの大口の取引先、【開田かいだコーポレーション】! その社長令嬢! 【開田かいだ 舞子】様だぞ!?」


 ……取引先の、しゃ、社長令嬢……。

 この子、社長令嬢なのか……。


 舞子は俺と目が合うと、ニコッと笑う。そして……近付いてきた。


上高地かみこうち 吾郎ごろう様♡」


「あ、はい……えっと、なんで名前を……?」


 すると、舞子はスカートのポケットから、何かを取り出す。


「これ……俺の定期入れ」


「はい、落としていかれましたよ♡」


「あ、ありがとうございます……」


 なるほど、定期入れを届けにここまできてくれ……た?

 なんか凄い違和感がある。定期入れにはたしかに名前は書いてある。でも、俺がここに勤めてるってなんでわかるんだ……?


「お礼を言うのはわたくしのほうですわ。今朝はありがとうございました」


「あ、ああ……」


 あんまりそういうことを、人前で言わないでほしかった……目立ちたくないし……。


「お礼をしたく、参上いたしたのです」


「い、いや……そんなお礼なんて……」


 すると舞子は、木曽川きそがわのもとへとやってくる。そして、言う。


木曽川きそがわ課長」


「なんでございましょう! 舞子お嬢様!」


「今日限りで、我が開田コーポレーションと、この企業との取引を、打ち切らせていただきますわ」


「………………は? う、打ち切り!? そんなぁ……! どうして!?」


「理由は、ご自分がよくご存じなのでは?」


 舞子はポケットからスマホを取り出す。

 そこには……さっきの俺がパワハラされてるときの画像が、バッチリ映っていた。


「お父様に先ほどの映像を見せたところ、こんな屑がいる会社とは取引できないと」


「ひぃい! そんなぁ……! お願いします! それだけはどうかご勘弁をぉ!」


 ……そりゃ、自分のせいで大口の取引先を失ったとなれば、木曽川きそがわには大きなペナルティが発生するだろうな。


「それに、あなたのやったことは、しかるべきところにきちんと報告させてもらいます。また、この企業の実体、仕事内容についても……」


「ひぃい! お、おやめください舞子お嬢様ぁ……! どうか、それだけはぁ……!」


 バッ、と木曽川きそがわが土下座する。

 だが……舞子はそれを無視。今度は、俺を見て言う。


「お礼がまだでしたわね」


「あ、いや……」


上高地かみこうち 吾郎ごろうさん。あなたを、わが【開田コーポレーション】に、スカウトいたします。給料は、そうですわね、今の五倍でどうでしょうか?」


 ……は?

 はぁっ!?


 超有名ホワイト大企業、開田コーポレーションに、す、スカウト!?

 しかも給料五倍だって!?


 マジかよ……そんなの、断る理由なんてないぞ……。


「い、いいんですか……?」

「ええ♡」


 なら……と思ったそのとき。


「ぐ、ひひひ……」

 

 背筋がぞくっとした。迷宮で、何度も味わった、死の空気。

 いつの間にか、舞子の背後に……木曽川が立っていた。

 その手には包丁が握られていた。


「証拠隠滅ぅうううううう!」


 ……何が証拠隠滅だ、バカが。

 木曽川は舞子を殺して、取引取り消しを無かったことにしようとしてるのだろう。


 目の前で人死になんてさせてたまるか。俺の、平穏のために。

 俺は舞子を引き寄せる。


 そして、俺が彼女の代わりに、包丁で刺される。


「な!? か、上高地さん!?」

「ぎゃははは! 死ねぇえい!」

「……死なねえよ」


 俺は包丁を手に持って、ぱきぃん! と砕く。探索者のチカラなら、これくらい普通にできる。


「ふぁ!? ほ、包丁をくだいた……!? て、てめえ! クビにしてやるぅう!」


 なおも殴りかかってくる、課長。しょうが無い。これは正当防衛だ。

 

「課長……有難ありがとうっす。会社やめさせてもらいます」


 俺はそのまま、木曽川の顔をボッコボコにする。

 ドガガガガガガガガガガガ!


「ぶげえらぁあああああああああああああああ!」


 ぶっ飛んでいく、木曽川。そして彼は気を失った。ふぅ……。


「大丈夫でしたか……って、開田さん?」

「しゅき……♡」


 舞子の目に♡が浮かんでいた。え……?

 がしぃい! と俺の腰を抱きしめて、舞子が言う。


「しゅき……♡ だいしゅき……♡ お婿さんになってほしいですわ……♡」


 え、ええー……なんだそりゃ……。


「その、スカウトの件は、お受けします。ただ……お婿さんはちょっと……」

「ああ、そうですわね……段取りというものもありますものね。まずは清い交際から……♡」

「いやいやいやいや……」


 なんでそうなるの……?

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