第7話 猿真似が示す究極の解答

「ヒッ……!? よ、用務員のオジサン……!?」


 腰を抜かした女子生徒の絶叫が鼓膜を劈く。

 風切り音を立てて迫る紅蓮の触手。その先端が彼女の顔面に到達する、寸前。


(逃げる? 馬鹿を言え。俺が丹精込めて作り上げた、あの完璧な飼育環境を台無しにしやがったんだぞ。無傷で帰すかよ)


 俺は冷静に脳内のライブラリを検索する。対象は、職員会議で見たゴリラみたいな剣術教官、バルガス・アイアンハート。奴が訓練で見せていた防御魔法だ。


(『聖域結界(サンクチュアリ)』。術式構造、魔力粒子配置、展開速度……よし、解析完了。再現率99.9%)


 俺は女子生徒の前に立ち、無造作に右手をかざした。


「――『模倣展開:聖域』」


 キンッ!


 甲高い金属音と共に、俺たちの周囲に半透明の黄金のドームが出現した。その直後、触手が結界の表面に激突し、火花を散らして弾かれる。完璧な防御だ。


「……え? た、助かった……の?」

「立てるか。今のうちに下がってろ」


 呆然とする女子生徒を下がらせ、俺は次の一手を考える。だが、後方から聞こえてきたのは、感謝の声ではなかった。


「お、おい、今のって……バルガス先生の『聖域結界』じゃん!」

「なんだ、あの先生のオリジナル魔法じゃないのかよ。ただの真似事か」

「すごい……けど、なんかガッカリ……。レオナルド様みたいな、オリジナリティがない……」


 助けられたはずの生徒たちから漏れる、失望の声。


「だよな! あんな教科書通りの結界じゃ、時間稼ぎにしかならないって!」

「しょせん猿真似は猿真似か。あの化け物に勝てるわけないだろ!」


 命を救ってやった直後にこれか。


 瓦礫の中で意識を取り戻しかけていたレオナルドですら、朦朧としながら俺を見て、血反吐と共に言葉を吐き出した。


「……また、模倣か……。貴様の魔法には……やはり、魂が……ない……」


 その瞬間、俺の頭の中で、ブチンッ、と何かが切れる音がした。


「おい、ゼクス君!」


 瓦礫の陰から教頭が金切り声を上げる。

「何をしている! 防御魔法などジリ貧だ! さっさと最大火力の爆裂魔法で消し飛ばさんか、この無能め!」

「断る。魔力を喰われて『おかわり』を与えるだけだ」

「言い訳はいい! 才能がないから派手な魔法が使えないだけだろうが!」


『華がない』

『教科書通りの凡庸さ』

『猿真似』

『見ていて退屈だ』


 魔王の言葉。ヴォルカの嘲笑。レオナルドの蔑んだ目。そして、今この瞬間の、無知な連中の罵声。

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