第28章 分岐点──世界が裂ける前に

世界の震え──拒絶と承認の狭間で


ミレイが笑った瞬間、世界はほんのわずかだけ静まった。だがそれは“安堵”ではなく──決裂前の静寂。


空の裂け目は閉じていなかった。むしろ、深く、鋭く、静かに広がり続けていた。


均衡の子が震える声で言う。


「……まずい。ミレイの存在が“戻った”ことで、世界の基準そのものが揺らぎ始めた……」


イグナーツはミレイの肩越しに、黒く滲む空を睨んだ。


「世界がミレイを拒んだまま……でもミレイは世界に存在している。この矛盾が続けば──いずれ“どちらか”が壊れる」


リーネはミレイを抱き寄せながら、噛みしめるように言った。


「壊れるなんて……させないよ」


その言葉に応えるように、ミレイはリーネの服をぎゅっと握った。


「……わたし、もう……だれもきずつけたくない。わたしのせいで、せかいがこわれるなら……わたし……」


「言わないで」リーネは即座に遮った。


「ミレイが“ただ生きたい”って願うことを、誰も責められない。世界だって──間違える時があるんだよ」


ミレイは目を丸くし、ゆっくり首を傾ける。


「……せかいが、まちがえる……?」


「そう。あなたを閉じ込めたのが、その証拠だよ」


世界の疼き──兆しとしての“振動”


その時だった。



世界全体が、深海のように重く震えた。

 

ズ……オオオォォ……。


裂け目の奥から、無数の声が漏れ出す。


──調整せよ──基準を戻せ──矛盾を排除せよ──次元を整合せよ──ミレイは廃棄対象


ミレイが耳を塞ぎ、蹲る。


「いや……いや……!また、こわい……!」


リーネはその身体を全力で抱きしめる。


「大丈夫、ミレイ。絶対に離さないから」


均衡の子が表情を固くした。


「……世界は“選択”を始めている。ミレイが存在し続けるなら──世界そのものを作り替えようとする。世界側が生き残るために“上書き”しようとしているんだ」


イグナーツが低く呟く。


「つまり……次の段階に入ったってことか」


「……ああ。この揺れが続けば、やがて“分岐点”に到達する」


分岐点──ふたつの未来、ひとつの選択


均衡の子は三人の前に静かに手をかざす。灰色の光が広がり、揺らぐ幻視が姿を成す。


そこには、二つの未来が映し出されていた。


一つ目の未来──世界がミレイを拒絶し続ける場合


・世界は次元を再構築し、ミレイの存在を“矛盾”として排除する


・ミレイは消え、彼女と接触した者すら記憶を失う


・世界は安定するが、魂魄の欠損が残り、未来に深い歪みを生む


二つ目の未来──ミレイを受け入れ、世界を書き換える場合


・ミレイを起点に、新たな世界基準が形成される


・だが、旧世界の構造は耐えられず、“崩壊と再誕”が起こる


・この世界は一度終わる


・すべてを乗り越えた者だけが、新世界に“記憶を持ち越す”


リーネが息を呑む。


「二つに一つを選ぶ……ってこと?」


均衡の子は静かに首を振った。


「本来なら、そうなんだけど……君たち三因子が揃ってしまった以上、第三の道が生まれる可能性がある。」


「第三の……道?」


「そう。ミレイも、世界も、誰も失わない道──ただし、それは“分岐点”に到達する前の一瞬しか選べない」


イグナーツが鋭く問いかけた。


「その“分岐点”ってのは、いつ来る?」


「……今から、おそらく数分以内」


「短すぎるだろ……!」


だが次の瞬間。


ミレイは涙を拭き、震えながらも、まっすぐ前を向いた。


「……わたし、いきたい……リーネと……イグナーツと……きんこうのひとと……いっしょに。もう……ひとりはいや……」


その小さな声が、三人の胸を強く突く。


リーネは迷いなく頷いた。


「なら、決めるのはわたしたちだよね」


イグナーツも笑い、均衡の子は静かにうなずく。


「分岐点が来る前に、“第三の道”を作り出す」


世界が裂ける──選ばれる未来


空が悲鳴を上げるように割れた。世界の拒絶が極限に達した証。


──調整開始──存在基準の再設定──ミレイは世界外へ排除せよ


「来る……!」


均衡の子が叫ぶと同時に、世界の裂け目が三人とミレイを呑み込むように広がった。


リーネがミレイの手を強く握る。


「絶対に放さない……!」


イグナーツの黒が周囲を守り、リーネの白が光を押し返し、均衡の子の灰が空間をつなぎ止める。


三因子が一点に収束する。


世界が崩壊する前の、一秒にも満たない“選べる瞬間”。


「──いくよ!」


リーネが叫んだ。


三人と一人は、裂けゆく世界の中心へと踏み込む。


今、この瞬間こそが──世界のすべてを変える“分岐点”だった。

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