第18章 崩壊の門──父と娘の再会
亀裂広がる門──世界の悲鳴
《ノアの門》が、悲鳴のような音を立てた。白い空間全体が脈動し、幾何学の柱が砂のように崩れ落ちていく。門の内部に取り込まれたリーネの“選択”が、門の構造そのものを書き換え始めたのだ。
「リーネ……!!」
イグナーツは血に濡れた胸を押さえながら、門へと手を伸ばした。その前に黒衣──いや、エルドが立ちはだかる。
闇核と同化し、外套の裾からは黒い霧が絶えず漏れ出ている。その存在自体が、もはや人というより“記憶に食われた影”に近かった。
「……門が……拒絶反応を起こしている……?」
エルドが低く呟く。
「当然だ……!リーネは世界のためなんて選ばない。“自分が生きたい世界”を選んだんだ……!世界の形よりも……家族を!!」
「……そうか。ならば──“世界の代償”は、君たちが負うことになる」
黒衣の核が脈動し、空間が震えた。
「リーネを返せ、エルド……!!」
「返す?彼女は今、世界の構造を決めている最中だ。その結果次第では──君も、私も、世界すら形を失う」
「関係ないッッ!!俺は娘を取り戻すためなら……!世界の敵にだってなってやる!!!」
イグナーツの核が爆ぜ、蒼の閃光が走る。彼の体は満身創痍。骨は軋み、血は止まらない。しかしその瞳だけは、どんな世界よりも力強く燃えていた。
(リーネ……待っていろ……)
父の心はひとつだけだった。
死闘──闇核の王と、父の拳
「来い、イグナーツ。私は君を止めなければならない。君が門へ入れば──世界は確実に壊れる」
「知るか……そんな世界!!!!」
イグナーツが踏み込む。地面が爆発的に砕け散るほどの衝撃。
「《核撃・蒼牙連弾──裂閃-アトミカ・ラケラティオ!》」
青白い光の拳が、黒衣へと連続で叩き込まれる。一撃一撃が空間そのものを裂き、闇核の霧を吹き飛ばす。
エルドは腕を交差し、闇核を盾のように展開。
「さっきも言ったが君のそれは……守るための力だ。これ以上攻撃に特化すれば……核が壊れる!」
「うるさいッ!!!」
イグナーツの拳は止まらない。
砕けろ。壊れろ。立ちはだかるものすべて──娘を奪うすべてを!!
エルドも反撃に転じた。
「《闇核・深層因子暴走》──!」
黒い奔流が放たれ、視界を塗りつぶす。触れたものを片端から腐食させ、記憶を喰らう闇の洪水。
「くっ……!」
イグナーツの肩が裂け、赤い血が飛び散る。
それでも──ひざをつかない。
「……イグナーツ……君はどこまで……」
「立てる限り、立つ。砕け散らない限り、決して折れない。──父親は、そういうものだ!!!」
その言葉に、エルドの動きが一瞬止まった。
「……父親……」
その隙を逃すはずがない。
「おおおおおおおッ!!」
蒼核が最大の光を放ち、爆発的な一撃を叩き込む。
黒衣が吹き飛び、闇が裂け、外套がバラバラに砕け散る。
エルドは片膝をついた。
「……君の……思いは……強すぎる……まぶしいほどに……」
その声には、かつての友の響きがあった。
「なら、どけよ……!エルド……俺の友だったなら……娘を返せ!」
「……できない。だが──君が門に入るのを、止める力も……もうない」
エルドはゆっくりと立ち上がった。闇核の霧が薄れ、彼の人間としての輪郭がうっすらと戻っていく。
「リーネは……“世界より父を選んだ”か」
「そうだ。俺の娘だ」
「……羨ましいよ、イグナーツ。君は……再び家族を持てた」
その言葉には、深い深い孤独が滲んでいた。
「今の俺にとって……人であろうとホムンクルスであろうと関係ない。たった一人の家族なんだよ……リーネは」
「……ああ。なら──行け。門の“中心”に……娘はいる」
エルドは背を向け、道を開いた。
イグナーツはその背を一瞬見つめ、そして走り出した。
「ありがとう……エルド」
「礼はいらない。私はただ……君に世界を託すしかなくなっただけだ」
黒衣は遠く、崩れゆく白の空間を見て言った。
「さあ行け──“父親”」
門の奥へ──記憶の奔流
イグナーツは崩れかけた階段を駆け上がり、門の中心へ飛び込んだ。
眩い白の光。記憶の渦。世界中の声が重なって流れ込んでくる。
(……来て……鍵の子の父よ……)
(……娘を連れ戻せるのは……あなたしか──)
「リーネ!!どこにいる!!」
叫ぶと、白の海が揺れた。形のない光が少しずつ形を成し、ひとつの姿が浮かび上がる。
小さな影。白い光に包まれた少女。
「……おとう……さん……?」
「リーネ!!」
イグナーツは息が切れる間もなく駆け寄った。リーネは涙に濡れた瞳で父を見つめる。
「おとうさん……来てくれたの……?」
「あたりまえだ……!!お前をひとりぼっちになんて、させるわけないだろ……!!」
リーネの膝が崩れ、イグナーツが抱きしめた。
小さな体が震えていた。恐怖と孤独と──それでも父を信じた強さ。
「こわかった……でも、わたし……選んだよ。 世界より……おとうさんを……!」
「よく……よく頑張ったな……!」
イグナーツの目にも涙がにじんだ。娘の体温は、たしかに“生きている”温度だった。
「帰ろう、リーネ。こんな世界なんかより──お前と一緒に生きる世界へ」
「うん……!」
父娘は抱き合ったまま、崩れゆく白の空間を見つめた。門の中心は大きく亀裂を走らせ、光が零れ落ちていく。
(……鍵の子よ……君の選択が、世界の形を変える……)
「世界なんてどうだっていい……!俺が守るのは、娘ひとりで十分だ!!」
イグナーツはリーネを抱え、光の出口へと走った。
白い世界がゆっくり閉じていく。
崩落する門──その時
外界では、黒衣──エルドが崩れゆく空を見上げていた。
「……君の選択は……私には、もう理解できない世界だ……」
黒い霧が風に消えていく。
「だが……イグナーツ……リーネ……どうか……生きてくれ……」
エルドの姿が光に溶けていく。闇核に蝕まれた肉体は、もはや限界だった。
「すまない……私は最後まで……間違えたままだった」
その声は誰にも届かず、ただ虚空へ消えた。
父と娘の帰還──新たな世界へ
白い裂け目から、イグナーツが飛び出した。その腕には、しっかりとリーネを抱えて。
「はぁ……はぁ……間に合った……!」
後ろでは《ノアの門》がゆっくりと閉ざされていく。
「おとうさん……」
「もう離さない。二度と……お前を一人にしない」
リーネは安心したように父の胸に顔をうずめ、そっと呟いた。
「……帰ろう。おとうさんと、わたしの世界へ……」
崩れゆく《フラクタ・ノア》の中心で
父と娘は寄り添いながら、新しい未来へ足を踏み出した。
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