Section2 - "どれも誰かの忘れ物" Children's Sketchwrite

 ――カシャン!


 わずかなフラッシュライト、シャッター音と共に空中に氷塊が出現――厳密に言えば宙に浮かんでいたなにかが凍結した――、そしてそれは瞬時に斬り刻まれて消える。


 散理は軽い手つきでクルクルとスマホを回しながら構え、そのシャッター範囲に道路の先を収めた。


「……」


SAMURAI IS DANCINサミュライ・イズ・ダンシン――……」


 ソレは踊っていた。


 まるで小学生が考案したような、下手なマスコットキャラクター……とでも言うべきものである。メタリックグレーのデスクトップパソコンに手足と目、そして剥き出しの脳をつけた『サムライ』。


 一振りの立派な刀はダンス中は静かに宙に浮いている。

 なんとも奇怪な姿だ、と散理は率直に思った。


「煽りのつもりでしょうか」


 その奇怪千万な『サムライ』はひとしきり珍妙なダンスを続けた後、ふと動きを止めて散理を見た。


「――BEFORE PUNISH YOUビフォア・パニッシュ・ユー


「っ!」


 突如それは居合斬りに転じた!!


 目にもとまらぬスピードで白銀の刀を抜き放ち、刀身に反射する光さえも置き去りにして散理へと斬りかかる。


「……! なかなか厄介な『敵』だ」


 かろうじて回避が間に合い、真っ二つにされることは回避できたが……これで連続居合斬りなんてかまされたらたまったものではない。


 再び浮遊する鞘に刀を収め、どこか堂々とした佇まいで散理へと向き直る『サムライ』。


 おそらく、あれも誰かが忘れ去ってしまったものなのだろう。どこの子供のアイデアか、『踊って刀を振るう強いパソコン』なんて設定を付加されたと見える。


「なるほど面倒ですね……」


SAMURAI IS DANCINサミュライ・イズ・ダンシン……」


 ここにあるさまざまな物は、もとの主に思い出してもらえば消えていくという。


 ……ところが残念ながら、この『サムライ』は散理が忘れたものではない。ならば、正面から叩き潰すのみだ!


「『テセウスの夢ピクチャー・パーフェクト』!」


 カシャン!


 散理がスマートフォンのカメラで『サムライ』を撮ると同時、その体に薄くない氷が張りついた!


 凬巻散理の『能力』は『テセウスの夢ピクチャー・パーフェクト』――カメラで撮影した対象を凍結させる能力だ。文字通り、未来永劫変わらない写真のように美しくあれ――と!


「はぁッ!」


「!!」


 ドガンッ! 周囲に鈍い音が響き、青氷の砕ける音と共に鈍い低音が轟いた!


 散理の全力の蹴撃をお見舞いされ、『サムライ』の筐体は大きく凹む。


 だが時を同じくして、空を切るような音が聞こえ――


「ちっ……!」


 散理の左腕から、激しく赤い血が零れ落ちた!


 周囲を浮いていた布切れ――正確にはその記憶――をひっつかみ、無理矢理腕にきつく巻いて止血する。焼け付くような鋭い痛みはそう収まりそうにはないが……。


「……ならひとつ、勝負をしましょうか」


 かつん、と散理のスニーカーが軽い音を立てた。


「かけっこ、と行きましょう――」


 バッ、と散理の身体が宙を舞う!!


 急斜面となっていた『思い出されることを待つ道ウェイティング・ロード』の奥へ、散理がその身を投じる!


SAMURAI IS DANCINサミュライ・イズ・ダンシン……」


 その獲物を逃がすまいと、『サムライ』は再び剣を構える。もはや瞬間移動のようなあの居合のリーチがどれ程なのか、気になる所だ。


 地理は全力で捻じれた道の上を走り続けながら、横目でさまざまな記憶を探し続ける。


「ははっ……」


 彼に勝機はある。だが、それにはこの無数の物たちの中から、キーパーツ足り得るものを探し出さなくてはならない。


 幸い、十分範囲は広い。すぐに見つけることはできるはずだ。


「……あった!」


 しばらく走り続けた時にようやく見つけた。走りながら手を伸ばし、それを強く握りしめる!


「『テセウスの夢ピクチャー・パーフェクト』!!」


 凍結させたそれを、勢いよく、だが正確に後方へ向かって投げ飛ばす!


 そしてそれが飛んで行った先は――ちょうど、『サムライ』の足元だ!!


BEFORE PUNISH YOUビフォア・パニッシュ・ユー――」


 ――ズガァンッ!!


 散理が凍結させたのは一冊の絵本。能力によって完璧に凍結したことで摩擦が極限まで下がり、そのタイミングで飛び出した『サムライ』は制御不能なまでに加速したのだ!


 奥の道路に激突し、アスファルトのかけらを撒き散らしながら大きくクレーターが抉れる。


「逃がすか――!」


 さらに続けて蹴り飛ばす!


 ゴロゴロと憐れな『サムライ』は道路を転がされ、ようやく止まった頃には見るも無残な姿となっていた。だがその蒼い目に灯る堂々たる気迫は、まったく失われていない。


「まだ、やりますか」


 『サムライ』は刀を杖にし、なお誇りを持ったまま立ち上がる。見てくれこそシュールなマスコットだが、その侍魂は本物のようだ。


SAMURAI IS DANCINサミュライ・イズ・ダンシン――……」


 ならば、今度こそその脳を吹き飛ばしてやる。


 散理は深く一呼吸置き、アスファルトの地面をつま先で二度蹴った。


「――BEFORE PUNISH YOUビフォア・パニッシュ・ユー


「ぶっ飛べ!! 『テセウスの夢ピクチャー・パーフェクト』!!」


 凍結して生まれた、ほんの一瞬の隙を突いて――その剥き出しの弱点を、的確に、消し飛ばす――!

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