幽霊が視える女 7

 後日、拓実は木幡とベティと3人で会うことになった。理沙も誘ったのだが「いつまでも仕事を休んでいられない。私の代わりに話してきて欲しい」と言われた。大貴からも「幽霊が視えることにまだ慣れていないようだが、少しずつ前向きに頑張っているみたいだから」と連絡が来た。なので今日は理沙と大貴抜きで話をして、週末に改めて伊東家へ行く約束をした。


「タクミくんは、今日このあと仕事?」


「え? ああ、はい、夜勤すね」


「そっか、忙しいね」


「いやぁ慣れてるんで。その代わり、明日は休みなんで撮影っす」


「体には気をつけてね?」


「はい、ありがとうございます」


 他愛のない会話をする2人を、ベティはぎこちない笑顔で眺めていた。拓実自身は全く人見知りをしないタイプなので、こう目の前で露骨に人見知りをされると少し居心地が悪かった。


「あの、ササキさんは何のお仕事を?」


 なので、試しに話を振ってみることにした。


「へ? あ、私ですか?」


「はい」


「ええ……その、私はそんな……大層な仕事は……」


「ベティは占い師をしてるの」


 見兼ねた木幡が助け舟を出した。


「へぇ、そうなんですね」


「はい、まあ……へへへ……あっ、でも、占い師っていっても、あの……私ほら、色々視えるんで、視えたものを話すだけなんで、技術も知識もないんです……」


「いや、良いんじゃないすか? それはそれで、ベティ……あ、いやササキさんの強みなんじゃないですかね?」


「へへへ、そう言ってもらえると……へへへ、あり、ありがとうございます……」


 ベティは恥ずかしそうに頭を掻いた。美人でスタイルも良く、特殊な能力まで持っている。なのにどうしてこんなに卑屈なのだろうと、拓実は改めて思った。


「ところで、例の件だけれど──」


 木幡が手にしていたティーカップをカチャンとソーサーの上へ置く。和やかだった雰囲気が、少しピリつく。


「色んな人──佐神さんにもね、聞いてみたんだけど、誰も知らないっていうの。その『テンシ様』とか『天国に行くための方法』とか、そういう話は」


「お札は──?」


 木幡が首を横に振る。その隣でベティも首を振った。


「だめ、全然。少なくとも誰かのオリジナルだと思う」


「オリジナル……」


「そのお祖母様が、何か新興宗教とかに入信していたとか、そういうお話は──?」


「いえ……理沙さんも、お母さんにそれとなく訊いてみたそうなんですが、心当たりはないと。理沙さん自身も、お祖母さんが何かにお祈りしていたりするようなところは見たことがないそうです」


「じゃあもし入信したとしても最近なのかしら?」


「いや、日記に『大変ご無沙汰してしまっていたにも関わらず』ってあったんで、そのテンシ様ってのとの関係はそう最近ってわけじゃないと思うんですよね。大人の『大変ご無沙汰』って、5年10年じゃきかない感じがしません? 俺も大貴と会ったの20年ぶりでしたけど『おぅ、久しぶりぃ!』ってくらいの感じでしたもん」


「そうねぇ、確かに……」


「それに『私も加奈子も理沙も駄目だった』とも書いてありました。もしかしたら、相当以前からそのテンシ様との関わりがあったんじゃないですかね?」


「その可能性もあるわね。でもいったい、そのテンシ様って誰なのかしら……けっこう調べてみたのよ? でも全く……もしかしたら新興宗教とか大々的なものじゃなくて、小さいコミュニティなのかも知れないわね」


「なるほど……」


 となれば、やはり次にやることはひとつしかない。


「実は、理沙さんの──いや理沙さんのお祖母さんが元々住んでいた家に行ってみようって話してて」


「理沙さんのお母様のご実家ってこと?」


「そうです。本家って、言ったら良いんですかね? 今はお母さんのお兄さん夫婦が住んでいるそうです。話によるとお祖母さんが以前生活していた部屋がそのまま残されているらしいので、昔の日記も残っていれば、何かわかることがあるかも、と」


「理沙さんは、何て?」


「その『第一段階』って書かれていたことが、かなり気にかかっているみたいで」


「ああ」


「仕事復帰したり気丈に振る舞ってはいるみたいですけど……このまま放っておくと、自分自身にまた何か変化が起きるかも知れないと、不安に思っているようです」


「そうよね……視えるようになったことだけでもストレスでしょうに……」


「わ、私も、やっぱ最初のうちはキツかったですね……その、嘘つき扱いもされますし……」


 ベティは昔を思い出すような遠い目をしたあと、眉間に皺を寄せて目を閉じた。彼女も昔はずいぶん嫌な思いをしたようだ。そういった経験が彼女をさせたのかも知れない。


「だから理沙さんも、その、本家の方に行ってみたいって──。あのちなみに、危険はない、ですかね?」


「それは、なんとも……深追いはしない方が良いのかも知れない。でも、理沙さんの気持ちを思うと……」


「ですよね」


「理沙さんがご自分の実家に行くって話を聞いたときにも心配だったんだけど、心配なのはお祖母様の霊がまだ現世に留まっている可能性よね」


「えっ? でも──」


「あの時は……理沙さんが幽霊を視えるようになったのは、お祖母様の死そのものや過去の意識付けが原因で、リアルタイムでお祖母様の念が影響しているんじゃないと思ったの。だからご実家に行くって言ったときにも止めなかった。それで理沙さんが前向きになれるなら、って。こういうのはほら、気持ちが大事だから」


「なるほど」


「だけど、その『第一段階』って言葉、やっぱり私も気になるのよ。理由はわからないけれど……お祖母様の目的が、ただ理沙さんが幽霊を視られるようにすることなら、もう望みは叶ったはず。でも、その次があるっていうのなら──」


「まだこの世に未練がある、ってことですか?」


「そう。そしてそれは……理沙さん自身がお祖母様の霊と会ってしまうことで、次の段階に進んでしまう可能性が、あるかも知れない」


「そんなこと、あるんですか?」


「ううん、そんな話、聞いたこともない。だから、最悪の場合って話。理沙さんのご実家にいなかったことは幸いだったわ。私も、もっと慎重になるべきだった……」


「……もし、お祖母さんの霊に会っちゃったときはどうすれば良いですか? その、襲われたり、とか?」


「そうね……そうだベティ、ついて行ってあげられる?」


「え? わ、わたし?」


 唐突に話を振られ、ベティは可哀想なほど狼狽した。


「そう。あなた、簡単なお祓いくらいは出来るでしょう?」


「でっ、出来る、けど……。あ、あやめちゃんが行ったほうがよ、よくない?」


「ベティの方が、理沙さんの気持ちを理解してあげられると思うわ。今後のことを考えたら、ベティ、理沙さんと仲良くなってあげて欲しいの」


「え、えぇ? わ、わたし? えぇ……その、あやめちゃんの言ってることはわかるけど……だ、大丈夫かなぁ?」


「大丈夫よ。あなたは強いし、私よりずっと色んなことを知っているじゃない」


「そんなこと……」


「あなたは勉強家で努力家で、唐突に手に入れてしまった自分の能力を呪わず、ここまでやってきたじゃない。大丈夫よ、理沙さん、とっても素敵な方だったから」


「うう……じゃあ……はい。あの、拓実さん」


「あ、はい」


 拓実はふいに名前を呼ばれ、無意識に前のめりになっていた背筋を正した。


「あ、あの、よろしく、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそ。って、あの、じゃあ本家に行く予定が決まったら連絡、すればいいですかね?」


「はい、あ、あやめちゃんに──」


「連絡先を交換すれば良いでしょう? 直接やり取りすれば。不安なら私をグループに入れても構わないから」


「じゃ、じゃあ……」


「交換しましょうか」


 こうして拓実はベティと共に、理沙の伯父が住む──本家へと行くことになった。

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