妖の城

平 一悟

プロローグ

 妖(あやかし)の城。


 それはこの地の伝説。


 古くは壬申の乱から、ここにあったと言われて、それは妖の血を引く王たるものに代々受け継がれていたと伝承がある。


 壬申の乱の立役者の天武天皇の和風(国風)諡号は天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと)で瀛は道教における東方三神山の一つ瀛州(残る二つは蓬莱、方丈)のことである。


 そして、真人(しんじん)は優れた道士を言い、その諡号が付いた事こそ、妖を率いて壬申の乱を戦ったとの伝承があるからだと、この地の伝説は伝える。


 その功にて、この地に妖の王が領地を賜ったと言うのだ。


 それはこの地だけの伝承だ。


 そして、その伝承は続く。


 曰く、怨霊信仰が強くあった時代に天武天皇の最強の側近たる妖達を敵に回すのは、天智系の天皇と貴族達には恐ろしいことだった。


 特に怨霊を恐れて、何度も都を変えた桓武天皇にとっても、それに対する対策は大切だった。


 だから、側近であらせられた和気清麻呂公の仲立ちで、妖の王は天武系の絶えた後の天智系の天皇家の味方をすると言う事で話が付いた。


 その後も権力が天皇から武士達の鎌倉時代に移行する間で、妖の彼らは今度は将軍である源頼朝では無く、側近の北条氏につくことで、この地の本領安堵を勝ち取った。


 伝承にははっきりと語らずとも、どうやら頼朝の怪死など、かなり素性の悪い汚れ仕事をする事でこの地の権利を守り続けたようだ。


 室町幕府も足利尊氏に誼を受けて、奇跡の勝ちを助ける事を何度もしたと言う。


 彼らは冥界や神界などにまで情報を集めて、相手の裏の情報まで分かるようだった。

 

 それは豊臣、徳川家にも本領安堵を認めさせて、維新の時に再度天皇家に近づき、果てはGHQにまで彼らの力を見せつけたとか。


 その結果、現代にも実は妖の城は彼らのものとして認められていると、その伝承にはある。


 妖と日本政府との誓約書があるのだ。


 それは妖の城の君主の血筋のものが主として現れることによって価値を持つ。


 だが、流石に長い長い時を経て、本来は君主となるべき妖の血筋が一旦絶えてしまった。


 それは妖と言うものが皆に認識されていなくなっている事にもあるのだそうだ。


 わかりにくいのだが、日本の人々が科学を信奉して、どんどんと妖を非科学的と認識する事もなくなっていったのも原因らしい。


 そして、その人々からの認識が無ければ、その妖の城もはっきりと認識できず、分かる人にしかわからないと言う難しさがあった。


 人間のそれが存在するという認識があればこそ、妖の城はこの地に再び君臨するのである。


 それで、脈々と人間と混血しながらも妖達は待ち望んでいた。


 彼らの主たる妖の城の君主たるべき存在が現れる事を……。






「日本政府とはちゃんと契約があるの? 」


「ははっ、GHQの仲立ちで、現在の日本政府とも契約はあるだけはあります。極秘の文書でありますれば……」


 などと間宮柊(まみやしゅう)さんがそう恭しく手袋をして金で装飾された小箱から契約書のような誓約書を竹内神楽耶(たけうちかぐや)とその幼馴染の如月彩(きさらぎあや)に出して見せた。


 この俺……竹内神楽耶(たけうちかぐや)こそ妖の王として覚醒すべき魂であったのだそうだが、それをよりにもよってかぐや姫として育てたいと言う祖父竹内律蔵(たけうちりつぞう)の無茶振りの為に、その願いから男なのに少女として育てられたせいで、容姿は立派な儚げな超絶美少女として存在していた。


 もちろん、16歳の男の子の身体ではあるのだが。


 おかけで、どこに行っても俺は苦労した。


 祖父の馬鹿な願いと認識で何もかもが歪んでしまったのだ。


 男性の威厳ある妖の王であるはずが、女の子のみたいな容姿の妖の王となってしまったという事だろう。


 だから、しょっちゅう男性から俺は告白されるし、実は俺が男である真実を知ってショックを受ける男性も多かったりして、俺も余計に申し訳なさから内気になると言う悪循環を繰り返している始末である。


 そして、幼馴染の如月彩は同い年なのに、小学生の高学年になるまで俺を同性だと思っていて親友として暮らしていたが、ある時に俺が男の子なのに女の子のような恰好をしていると知って、地元の風習として長男が病魔に襲われないように少女として育てられていたのだと勘違いしていた。


 それが実はうち祖父の竹内律蔵が自分が在野の学者として研究していた<かぐや姫>として育てたいとか言う訳の分からない無茶振りのせいと分かるとブチ切れて俺を守ってあげないとと何故か強烈に思ってくれている女の子であった。


 彼女は同じ16歳だがボーイッシュな感じでぱっと見は美少年に見えるくらいの、ちょっと漢気が強い美少女である。


 事実を知って、さらに如月彩(きさらぎあや)は猛烈に俺を守ってあげなきゃって庇護欲が出たのか、空手や古武道を習い、特に実戦空手で中学三年生の全国大会で一位になったりする異様に強い少女になってしまった。


 それはまれに現れる、俺が男性でも良いと言う人物を如月彩が撃退するためであったようだ。


 そして、今、その如月彩に説明している間宮柊(まみやしゅう)は30歳のおっさんなのらしいが、独特な陰のある美男子で、耽美と言っていい容姿をしており、いずれ俺が妖の王となればと言う事で公安に席を置いて監視をするとともに妖の王の家臣でもあると言うややこしい存在だ。


 その公安でもあり目上の人でもある間宮柊(まみやしゅう)に、俺を守ってあげなければと強烈に思っている如月彩が俺が騙されてないかと厳しく質問を続けていた。


「これはGHQのマッカーサーのサインだよね。そして、こちらは吉田茂と昭和天皇の? こんなのが今の令和で法的な意味合いを持つの? 」


「はっ、あくまで認識されるかどうかでありますが、これはある種の呪術。これがあると認識されるだけで、この文書は呪いのように、実現いたします」


「眉唾なんだけど……」


「いやいや、でも、間宮柊(まみやしゅう)さんは妖の王の側近と言うだけでなく、この国の公安に設置された妖と人との交渉役にも選ばれている者なのじゃから……」


 などと竹内家の飼い犬の柴吉がそう横から説明を始める。


 さきほど分かったばかりなのだが、何と人語を喋る犬なのだ。


 本来は大口真神というニホンオオカミが神格化された妖なのだそうだが、ニホンオオカミが滅んでしまい、一番血統的に近い柴犬の姿で皆に認識されていると言う事らしい。


「柴犬のお前に言われても……」


「いやいや、わしは何度も言うが大口真神と言われた存在だ。世間一般のニホンオオカミのイメージが無くなって、狼と言われるものとなると、一番近い柴犬になるだけだと口を酸っぱくして説明したであろう? 」


「それも胡散臭い話なんだけどね。こんな話に神楽耶は乗るの? 」


 そう幼馴染の如月彩が俺に突っ込んできた。


「まあ、そもそもこんな田舎だけの伝承の話だしね。……世間では全く知られて無いよね。だから本当かと言われたらどうも不安なのは確かなんだけど……」

 

 などと、たまたま事故に巻き込まれて妖の王として目覚めたばかりの俺は困ってしまう。


 妖の王として覚醒してからは、俺の言葉は男性としてのものだが、鏡を見ると自分の姿はますます儚げな美少女になって、まるで妖気もあるみたいで異様な雰囲気になっているようだ。


 祖父母ですら、ほうと感嘆の声をもらすほどである。


 田舎で、本当に若い人が減ったこの人口が三万人くらいのT市でうちの竹内家と家族ぐるみで如月家とはつきあいがあるので、俺が登校中に怪我したと家まで運んでくれた後の話だ。


 柴吉は突然俺が覚醒したとか喋るし祖父母はいろいろと俺達に黙っていたことがバレて、しれっと逃げた。


 俺の父母は仕事の都合で海外にいると聞いていたが、実は異界で暮らしているらしい。


 母方の祖父母がそれこそ歴史に残るような大妖で、その娘も大妖なんだろうけど、それと結婚したのが父なんだそうな。


 だから、妖とのハーフと言う事になるのだろうが、今時は柴吉によると人間との混血が増えていて、妖の血が入っていれば妖と言う事で、ハーフとかそういうのはないらしい。


 そもそも妖は人間に認めてもらわないと存在できない、妖の存在が急速に信じてもらえなくなる中で、だから人と結婚する事で存在しているという事を保証されて生き残るというやり方を明治維新後に入ってから、かなりの妖がやったそうだ。


 人間に寄り添って認識される事で生きるのが妖だから、人間と妖は他人では無いのだとも柴吉に言われた。


 間宮柊さんの横にいる鷹司紗和(たかつかささわ)さんは28歳で大人の女性の色気を出しながら、やり手の官僚と言う感じの宮内庁の女性で、彼女の話だと天皇家と妖の王はこの地の伝承の通り関係が深いのだとか言っているが俺はともかく、幼馴染の如月彩はさらに警戒していた。


「これ妖の城が出た後は、そこは妖の自治区とか書いてあるけど、それだと真面目に妖の王なんて意味があるの? 」


 如月彩が契約書のような誓約書を見て間宮柊さんに聞いた。


「いやいや、今の時代に自分の領土とか大名とか無いんだから仕方ないではないか? 」


 そう柴吉が話に割って入ってくる。


「あくまで契約の書による象徴的な存在が妖の王ですから。時代が変われども妖の王と言う存在が居なければ、この話は存在しません。この度初めて妖の王たる神楽耶様に会わせていただきましたが、妖の王として非常に妖艶でお美しくて宜しいのではと。私としては現れると聞いていた妖の主がこんな超絶的な儚げな美少女で大感激ですよ」


 などと鷹司紗和(たかつかささわ)さんがほほ笑んだ。


「いや、一応、男なんですけどね」


「妖に性別なんて関係ありません」


「……そうですか」


 俺に会う事を楽しみにしていたらしくて、美少女美少女と連呼されて複雑である。


 実際、かぐや姫に拘る祖父母のせいで髪が腰まである長髪で女子生徒の制服を着ているので、余計に美少女とか思われているようだ。


 それで脱力感を感じて、俺を守ると誓っている如月彩に話し合いを全て任せきっちゃっている。


 ややこしい話はよくわからないし。

 

「ちょっとぉぉぉ! 税金が年貢のままじゃん! しかも米の年貢だってぇ? 」


 などと如月彩(きさらぎあや)が契約書を読んで叫ぶ。


「いや、お米は今は価格が上がっているから宜しいのでは? 」


「何言ってんの? ど田舎で若い人がいなくて次々と離農している現状で、どれだけこの市に田んぼがあると思ってんのぉぉ? 」


 如月彩(きさらぎあや)が絶叫した。


「まあ、それはおいおい考えていくとしてだな」


 などと柴吉が如月彩を宥めるが止まりそうにない。


「神楽耶っ! 早くこの人達に帰って貰って! こんなの不良物件よ! 貴方は騙されてるのよ! 」


 そう如月彩(きさらぎあや)が絶叫したので、結果的に、その日の話し合いはそれで終わった。


 俺は疲れて眩暈がした。


 

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