ディーマという名の標的 梅雨の琵琶湖で巻き起こる国王暗殺を巡る攻防戦。それはやがて愛と悲しみの末路に ― 湖上警察外伝
広之新
第1話 雨の琵琶湖
今日も琵琶湖の空はずっと曇り、小雨が絶えず降っていた。湖面は光を反射することなく揺らぎ、遠くの景色はぼんやりとかすんで見えていた。今年の梅雨はまだ続いている・・・。
静まり返った大津港には警察船「湖国」が停泊していた。いつもなら琵琶湖を巡航している時間だが、今日は朝からずっとここにいる。その姿はなぜか寂しげだった。
この湖国の展望デッキに一人でたたずむ男がいた。小雨が降りしきる中、彼は傘もささず、ぼんやりと曇った空を眺めていた。
(あの空のずっと向こうに彼女の救いたかった人たちがいる・・・)
彼は彼女に思いを馳せていた。
「狩枝。ここにいたのか」
もう1人、傘をさした男が展望デッキに上がってきた。狩枝は振り返ってすぐに敬礼した。
「藤堂警部。すいません。ちょっと息苦しくなったものですから・・・」
「いや、いい。会議は終わった。たいした話は出なかった。それよりおまえに大事な話がある」
藤堂警部は狩枝のそばに行って傘に入れた。2人は30半ばの同じくらいの年齢だが、狩枝にとっては上司に当たる。
「これからも一緒に仕事がしたい。昇進させるから本庁に来てくれ」
藤堂警部は右手を差し出した。だが狩枝は伏し目がちに首を横に振った。
「申し訳ありません。自分はご期待にそえません」
「どうしてだ? 俺はおまえの腕を買っているんだ。今回の任務でも大活躍したじゃないか! おまえをこのままにしておくには惜しい。西多摩の山奥にくすぶっている必要はないんだ」
「自分はそのままでいいのです。もう人を撃ちたくないんです。警察官としては失格でしょうが・・・もうあんなことは・・・」
狩枝は目をぎゅっとつぶり、両手の拳をぐっと握りしめていた。あの事が今も彼を苦しめているのだ。藤堂警部はその様子を見て「ふうっ」とため息をついた。狩枝にこれ以上の無理はさせられない・・・・。
「そうか・・・それはすまなかった。今回はまた辛い思いをさせてしまった」
「いいえ。警部。わがままを言ってすいません」
「いや、いいんだ。だがその気になったらいつでも言ってくれ。俺は待っている」
藤堂警部はそう言って展望デッキを下りて行った。一人残された狩枝はまた琵琶湖の景色に目をやった。だが曇天では気が滅入るばかりだ。
「あれでよかったのか・・・」
狩枝は右手を開いてじっと見た。そう問いかけても答える者はいない。だが彼が何人もの人を撃ったのは事実なのだ。大事な人も含めて・・・まるで標的を射抜くように・・・。思い出すたびに彼は嘆息するしかなかった。
「始まりは・・・1週間前だったな・・・」
狩枝はボソッとつぶやいた。それはもう遠い記憶になっている・・・
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