宵闇御伽草紙

Ittoh

第01話  椿説一寸法師「一寸法師と綾姫」

宵闇椿説綺談 一寸法師と綾姫


 今は昔となりにけり、華やかな浪花の都には、多くの人々が住まい、天朝様のおわす京洛に次ぐ町と知られておりました。されど、浪花の都には、多くのあやかしひとあらざるものが住まう、あやかしひとあらざるものの都とも呼ばれておりました。

 摂津の国、浪花の海に浮かぶ八十島の一つに、夫婦が住んでおりましたが、子供が一人もおらなかったので、住吉にお参りしては、

「子供をお授けくださいまし、指ほどの小さな子供でも、よろしゅうございます」

二人で、願いを掛けておりました。


 女房が身籠って、指ほどの大きさの男の子を産んだのでした。


 二人は喜んで、

「一寸法師」

と名付けて、大事に育てておりました。


 十を過ぎて、少し成長をしていた、一寸法師でしたが、島の赤子よりも小さいことから、一寸法師と呼ばれておりました。

「やぁ、一寸が歩いてる」

「踏み殺されるな、一寸」

「一寸やい、一寸やい」

 口々に囃すかのように、一寸法師の名を呼んで、からかわれておりました。


 一寸法師は、からかわれることを、気にしないように、背丈は五寸ほどに成長していたけれど、大きな山に登り、母より貰った縫い針を使い、樹皮に次々と突き立てながら、松原の松を登って、海を眺めるのを日課としておりました。名は一寸だけど、生まれた時より、少し大きくなり、五寸程には成長していました。それでも、島の誰よりも遥かに小さいのは、変わることはありませんでした。

 松に登り、海を眺めると、遥かに遠くまで、広がる海を見渡せて、美しい八十島の浮かぶ景色を楽しんでいました。


 遥かな水平線から波が割れて、一里4キロある蒼い竜が、うねって高波を起こして、浜へと乗り上げて、水平線まで続く、巨大な蒼い竜が、三丈ほどの山に生える松原を包むように、蜷局を巻いても、尻尾は海中で波を起こしておりました。

 蒼い竜は、巨大な手で大きな耳をいじっておりました。八丈を超える耳には、一尺ほどの蛸が、耳介にへばりついて、蒼い竜は取ろうとしますが、相手が小さくて、うまく行かないようでした。

 

 蒼い竜が、暴れ始めると、尻尾は大きく跳ねて、高波を起こして、島の人々を苦しめております。もしかすると、父母の家すら、波に沈むかもしれない、そう考えた一寸は、

「竜、竜、俺が、蛸をどけるから、動くな」

そう言って、大きな八丈の蒼い耳に飛びつき耳介を駆けて、蛸に針を突き立て、引き剥がしていきました。蛸は、一寸法師を襲って、八本の足を絡めると、転がるように落ちていきました。

 蛸の八本足を、次々と引きちぎって、頭だけにすると、針を突き立てるように、倒したのです。

「助かったぞ、あまり暴れずに済んだ」

「かなり、暴れたように思うけど・・・」

「蛸が取れねば、のたうち回る故、島を砕いたかも知れぬ、助かった」

 そう言って、蒼い竜は、少しずつ小さくなり、蒼い肌に鱗紋が浮かぶ、金の瞳をした、蒼黒の艶やかな長い髪を、しなやかで綺麗な身体に纏わせた、女性の姿へと変わっていた。

わらはは、綾。嵯峨源氏源融が流れ、渡辺綱を家祖とする、姫じゃ」

「俺は、一寸、一寸法師と呼ばれている」

 嵯峨源氏の一人、源融の血筋、家祖とする渡辺綱。渡辺綱の血族は、浪花の南、信太のあやかしひとあらざるもの、葛葉狐を嫁に迎え、摂津渡辺荘の長となった一族である。

「一寸・・・五寸は、あるであろう・・・」

「生まれが、一寸であった、故、一寸と名付けられた」

「そうか・・・一寸は、凄まじい、力を持っておるのぉ」

 生きている蛸の足を千切るのは大変で、相当な腕力がなければ、引き千切ることはできない。


 上町台地の北端に築かれた渡辺の館は、周囲に七瀬の池を有し、浪花の町を見下ろすように聳えていた。七瀬の池は、水濠となって、館を囲むように広がっていた。綾は、一寸を連れて、館に入って、綱の築いた湯屋御厨へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る