恋する悪魔の銃を撃つ
白昼夢茶々猫
第1話 あなたと友達になれるかもしれなかった日
穏やかな春の昼下がり。
「ルエルー? エリオ様がお呼びよ」
人のいない閑静な祈祷部屋でこっそりと時計の歴史についての本を読んでいたルエルは大慌てで本を衣服の隠しポケットに押し込み、つい先ほどまでお祈りをしていましたという様なそぶりで、組んだ指を顎先まで持ってくる。
こんこんこん、と三回優しくノックした人物が丁寧な所作でゆっくりと扉を開けるその時にはもう、ルエルの”悪事”は完璧に隠されていた。
「ルエルったら本当に真面目よね。こんな誰もいない朝っぱらからお祈りだなんて。それもあの、エリオ様に祈ってるんでしょ? あんたも婚約者だからってよくやるわ」
「天使様へのお祈りですから、聖女の私がやらないわけにはいきません。それに人間は生まれながらにして罪深きもの。その贖罪の機械を与えてくださるエリオ様のことをそんな風に言ってはなりませんよ、ナターリア」
伏せられた瞼にそっとのった長めのまつ毛をふるわせて、教典に書いてある文章をまるごと暗唱したようなことを言うルエルを見て、うげぇ、とナターリアは顔を歪める。
「あんたもそれこそ天使みたいだよね。真面目でかたっくるしくて、つまんない。それでもって不気味。あたしは無理だよ、ルエルみたいに敬虔に生きるのはさ」
そんなナターリアの言葉にルエルは、瞳をナターリアの方へ向けて、口の端だけをきゅっとあげる笑みだけを返した。
ルエルは、自分がナターリアの言う様な敬虔な人間ではないことも、ナターリアのような純粋な人間ではないことも理解していた。
本来はもっと、欲深くて、意地汚くて、幼い頃に見た夢を今も忘れられないような執着心の強い、罪深い人間だと強く自覚している。だからこそ、それを上手く包み隠すような立ち回りが上手くなったというだけ。
「今から支度をしますから、そのようにエリオ様に伝えてきていただけないでしょうか、ナターリア?」
「はいはい、聖女様のおつとめのお邪魔はできませんよっと」
そう言って扉に手をかけ、部屋を出ていこうとするナターリアの背中に、ルエルはちょっとした好奇心と興味をもって声をかけた。
「時に、業や欲の深いものほど、それを隠すのに長けているだけ、かもしれないわ」
相変わらずルエルの声は、少し高く掠れていて響きにくい声であったが、ナターリアは慌てたかのように廊下の方を覗きこんでは、胸をなでおろした。
「びっくりした、あんたがそんな冗談を言うなんて。あたし自分がはりつけになるところまで想像しちゃったよ。……でもまあ、それが冗談じゃないって言うんなら、ルエルとはもっといい友達になれたかもね」
ぼそりと、誰かに聞かれるのを怖がるかのようにこぼしたナターリアは、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
誰もいなくなった部屋でルエルは、隠しポケットから、今度は本ではなく、一つのペンダントを取り出す。ペンダントトップには小さくて、でも精巧な歯車。それをかたかたと爪先でなぞると、一度祈るように握りしめて、立ち上がり、本とペンダントを完璧に衣服の下に隠しきると部屋を出ていった。
「……いつか、きっと」
ルエルの朝はとても忙しい。
水浴びで身を清め、大分複雑な衣装を普段のシスターの衣装の上に着ていく。
終われば、大聖堂へ行き、掃除をする。当然、大聖堂と名乗っている通りとても広い。時間もその分かかるが、ルエルはできるかぎり早く、それでも隅から隅まできれいにしていく。
それらを完璧にこなし終えた頃、ルエルの”婚約者”が大聖堂に姿を現す。
「ルエル。おはよう」
「――おはようございます、エリオ様。あなた様の加護のもと、今日という一日が良き日になりますように」
「うん、今日も完璧だねルエル。”贖罪”のために今日も励むように」
ルエルはこの大仰な聖女の衣装が好きだ。ひたすらひらひらしていて、着る時も掃除をする時も鬱陶しいとしか思わないけれど、それでも爪が肌を傷つけそうなほど固くにぎりしめたこぶしを隠すことができる。
「……はい」
ルエルは完璧な聖女だった。
衣装は少しも崩すことなく、掃除は部屋の隅から隅まで塵のひとつも落ちていないのではないかというほど磨き上げる、神殿でのつとめであるお祈りも一度たりとも遅れて来たことなどなく、聖歌も完璧に歌い上げる。
ナターリアも言うように、いっそ気味悪いほど完璧なのである。
そしてそれは当然、ルエルの本当の心を隠しきることにも適用されていたのだ。
恋する悪魔の銃を撃つ 白昼夢茶々猫 @hiruneko22
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