第5話 本隊の崩壊

 丘を越えた瞬間、敵本隊の横列が視界いっぱいに広がった。

 騎兵が整然と前を向いて進んでいる。

 だが横は——完全に無防備だった。


「……なんでこっちを見てねぇんだよ……!」


 バルトが息を呑む。


「見ていないんじゃない。

 “見る必要がない”と思ってるだけだ。」


 ティムールは低く言った。


「待ち伏せが成功したと信じている軍は、後ろも横も見なくなる。

 敵が来るわけがないと——思い込んでる。」


 少年の目は冷静そのものだった。


「よし、中央を狙う。」


 声は小さく、しかし確固としていた。


 ティムールが馬を蹴った瞬間、

 兵たちの突撃が草原を裂いた。


 風の唸りと蹄の震動が地面から伝わる。

 敵本隊がようやく異変に気づいたその時には——

 ティムールはすでに敵列の中心に迫っていた。


「なっ……どこから——!」


「横だ! 横を見ろ!!」


「横って……誰だあれ……!?」


 混乱した声が重なる。


 ティムールは敵の指揮官の位置を一瞬で見抜いた。

 中央最後方、旗のすぐそば。

 そこが軍の“心臓”だ。


「バルト、ついてこい!」


「うわあああ! ついてくしかねぇだろ!!」


 二人が突撃し、敵の騎兵を弾き飛ばす。

 敵兵たちは背中を向けたまま反応し、

 槍を構える前に倒されていく。


「横だ、横を守れ! くそっ……!」


「遅い。」


 ティムールはそう呟くと、

 馬上から身を沈め、一気に敵指揮官へ斬りかかる。


「き、貴様……どこの部族だ!?」


「どうでもいい。」


 ティムールの一撃が指揮官の槍を弾き飛ばした。


 その隙に、バルトが叫ぶ。


「ティムール、後ろ!!」


 ティムールは即座に馬を回し、

 背後から飛び込んできた騎兵の槍を、馬の動きで避ける。


 風の流れを読むような滑らかさだった。


(……やっぱりこいつ、戦いの“勘”がおかしい……!)


 バルトは改めて震えた。


 その瞬間、ティムールは指揮官の懐へ一気に踏み込む。


「終わりだ。」


 指揮官の兜が宙に舞った。

 倒れた瞬間、敵の横列が一気に乱れる。


「隊長が……!?」


「どうすれば……!」


「指示は!? 誰が……!」


 混乱の波が本隊全体へ広がっていく。

 ティムールはそこへ追撃の声を放った。


「散らすな! 波のように押し込め!」


 ティムールの声で、彼の兵たちが横列を押し崩す。

 敵は左右どちらにも逃げれず、前へ倒れるだけだった。


 砂煙の中で、バルトが叫ぶ。


「崩れていく……! ティムール、本当に崩れていくぞ!!」


「当たり前だ。

 心臓を突かれれば、どんな大軍も動けなくなる。」


 ティムールは深く息を吐いた。

 戦場の風が彼の髪を揺らす。


「これが——本当の勝利だ。」


 敵本隊は、その後わずか二十数分で壊滅した。


 終わった頃には、ティムールの周りに

 味方たちの視線が集まっていた。


「お前……本当に何者なんだ……?」


 兵のひとりが呟いた。


 ティムールはわずかに笑い、空を見上げた。


「まだ……ただの少年だよ。」


 だが、その声はもう“少年的な軽さ”ではなく——

 何かの始まりを静かに告げているようだった。


 風が吹いた。


 草原の風は、少年の名を運ぶように

 遠くへ、広く、流れていった。


この日——ティムールという名が、初めて“戦場に響いた”。

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