第3話 待ち伏せる者たち
裏切り者たちが敵に渡した“進軍路”——
その途中には、岩場とくぼ地が入り組んだ地形があった。
敵が待ち伏せを置くならここだ、とティムールは迷わなかった。
「……やっぱりな。」
丘の陰からそっと覗いた瞬間、
バルトが思わず息を呑む。
くぼ地の中に、二十ほどの敵騎兵が潜んでいる。
砂をかぶり、馬さえも伏せた状態で、完全に“獲物を待つ”構えだ。
「こわ……なぁ、あれ本隊が来てたら終わってたぞ」
「そうだな。」
ティムールは淡々と答える。
「だから俺たちが先に来た。」
ティムールはすでに地形を見切っていた。
敵が伏せているのは“くぼ地の奥”。
一見隠れやすいが、逆に逃げ場がない地形でもある。
つまり——
最初の衝撃で混乱を与えれば、敵は一気に瓦解する。
「ティムール、どう仕掛けるんだ?」
「正面からは行かない。」
青年は指で砂に図を描く。
「敵は下に潜んでいる。
なら上から叩く。
丘を回って“上側”から突っ込むぞ。」
「上から!? あんな急斜面を馬で降りるなんて——」
「斜面が急だからいい。敵は上を見ていない。」
バルトは口をぱくぱくさせた。
「お前、頭おかしいだろ……!」
「風が言ってる。“ここでやれ”とな。」
ティムールの目は揺らぎひとつない。
「行くぞ。声は出すな。合図は——」
ティムールは弓を掲げた。
「この矢だ。」
敵の伏兵たちは、下を向いて息を潜めている。
まさか自分たちが“獲物ではなく獲られる側”になるとは思ってもいない。
――その瞬間だった。
ティムールの矢が、空へ放たれた。
音もなく弧を描き、丘の斜面を照らす。
「……今だ!」
ティムールが馬を蹴る。
二十の蹄が一斉に草原を駆け下る。
重力に引かれ、速度が一気に上がる。
「うぉおおおお——!!」
バルトたちが押し殺した声を漏らす。
敵の伏兵たちは、突然起こった地響きに顔を上げるが——
見た瞬間にはもう遅かった。
「なっ——上から!? なんで——!」
「伏せろ!!」
混乱。恐慌。叫び。
テントも鎧もない、むき出しの背中に騎兵の突撃が突き刺さる。
くぼ地に潜む者たちは、逃げ場がなかった。
ティムールの槍が最前列を貫き、
バルトの馬が横合いから敵を弾き飛ばす。
土煙が一気に上がった。
「くっ……ちくしょう! こんな……!」
「敵の奇策だ! 下がれ、下が——」
「下がる場所はない。」
ティムールの声が、戦場を貫いた。
敵の視界に映ったのは、
斜面を駆け降りた勢いそのままに、
草原の風をまとった青年の姿だった。
ほんの数十秒——
それだけで伏兵は壊滅状態になった。
塵が収まり、くぼ地に静寂が戻る。
バルトが荒い息を吐きながら言った。
「……ティムール、お前……マジで何者だよ……」
「さっきも言っただろ。」
青年は馬の首を撫で、微笑む。
「ただの少年だよ。」
だが、その横顔はもう“ただの少年”ではなかった。
「これで敵は“待ち伏せが成功した”と信じる。
本隊は油断して進軍するはずだ。」
ティムールの声は落ち着いていた。
「裏切り者が伝えた道へ向かったと見せかけ、
俺たちはそのまま敵本隊の横腹に回り込む。」
「……まさか本隊まで叩く気か?」
「そうだ。」
ティムールは空を見上げた。
風向きが変わった。
草原を渡る気配が、戦の流れを告げている。
「この戦——勝つのは俺たちだ。」
少年の胸の奥で、確かな“覇道の火”が灯った。
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