第16話 閑話 竜騎士団長ライアス

 竜騎士団の団長は数年おきに行われる〝竜王戦〟、つまりトーナメント戦で決定される。


 それに勝ち抜き、文字通り『竜騎士団最強』の称号を手にした者だけが、竜王ミストレイへの騎乗を許されるのだ。


 魔術学園を卒業し、十七歳で竜騎士団に入った俺ライアス・ゴールディホーンは、厳しい訓練を毎日必死にこなし、二十二歳でついに〝竜王戦〟を制した。


 元竜騎士だった父や、鍛錬につき合った兄にも祝福され、それ自体は誇らしく嬉しかったが、いかんせん俺は騎士団長としては未熟だった。


 毎日の業務を必死にこなすのに精一杯で、まわりを見る余裕など全くない。


 そんな目まぐるしい中で、若造に大役を任されたのが珍しかったのか、竜騎士団の訓練場に何十人もの令嬢がいきなりあらわれた。


 ひとりが軍のツテで潜り込む算段をつけたら、それなら私もとか、抜け駆け許すまじとかで人が増え、結果としてそんな人数に膨れ上がったらしい。


 華やかなドレスはまるでの色彩の洪水を起こしたようで、と黄色い歓声のかしましさと、香水の匂いもの凄まじく、人よりも感覚が鋭敏なドラゴンたちが先に参ると、感覚共有により騎士たちも頭痛と吐き気に襲われた。


 しまいにはミストレイがブチ切れて、『竜の咆哮』で令嬢達を失神させてしまったので、大騒ぎになった。


 彼女たちや親たちの多くは、訓練の邪魔をして申し訳なかったと恐縮したが、一部からは騎士団長の責任だと責められた。


「独身の見目麗しい騎士団長が社交場に出ないのがいかん、訓練場にこもっているから、令嬢たちが危険な場所に出かけてしまったのだ」


「……そんな馬鹿な!」


 副官のデニスは抗議したが、俺は首を横に振った。


「いや、今回は俺のせいで、ドラゴンや竜騎士たちに迷惑をかけた。俺ひとりを差し出せば済むなら安いものだ」


「団長……」


 半ば意地になっていたのかもしれない。それからは主だった夜会に出席して社交をこなし、礼儀として令嬢たちとも積極的に踊った。


 穏やかに微笑んで手を取り、相手の機嫌を損ねないよう、あたりさわりのない会話をし、一曲踊ったという事実だけで満足してもらう。


 魔術学園を卒業してすぐ竜騎士団に入り、訓練に明け暮れていたような男に、気の利いた話ができるはずもない。


 正直、誰と踊ったのかもろくに覚えていないし、ボロが出ないように必死だった。何曲も踊ればきっとボロが出る。


 幸い、ひとり一曲でも踊りきれないほど相手はいたし、女性同士で牽制し合うのか、必要以上に近づいてくる者もいない。


 昼の業務と夜の社交をヘトヘトになりながらこなし、どうにかこうにか慣れてきたころ、ある夜会で魔術学園時代の同窓生と再会した。


 レオポルド・アルバーン。学園時代から、魔力の豊富さや複雑な術式を紡ぐ巧みさから、天才と呼ばれ、卒業後成人するとすぐに魔術師団長に就任した男だ。


 俺の顔を見るなり、レオポルドは開口一番こう言った。


「ライアス、お前何をしている」


「社交だよ。お前も魔術師団長で独身なら、彼女たちの相手をしなければならないんじゃないのか?」


 待ち構えている令嬢たちを見れば、半分ぐらいは踊っただろうか。それを聞いた銀の魔術師は、その黄昏色の瞳に剣呑な光を宿らせた。


「は?私があの雀どもの相手などするわけがないだろう、時間の無駄だ」


「そんなことが許されるのか?」


 そうたずねると、レオポルドは秀麗な眉をしかめた。


「許すも許さないも、自分が決めることだ」


「そうか……やっぱりお前は凄いな」


 レオポルドの背中に流した長い銀の髪は、会場を飾る魔導シャンデリアの光を受けて艶やかに煌めき、その薄紫色の瞳は、まるで黄昏時の空を思わせるような不思議な色をしている。


 光の加減によって微妙に色を変えるその神秘的な瞳は、じっと見ていると吸い込まれそうだ。


 もっともレオポルドは外見こそ、まるで精霊の化身と言われるほど美麗だが、その中身は唯我独尊、傲岸不遜を絵に描いたようなヤツで、遠慮せず歯に衣着せぬ物言いをする。


 同じ師団長でもなりたてで右往左往している俺からすると、誰にもおもねることのない、そのキッパリした物言いはいっそ清々しい。


 俺はそのとき疲れた顔をしていたのだろう。


 レオポルドは微かにその目を見開いて俺をしげしげと眺め、あごに手をかあてしばらく考えてからこう言った。


「お前……今日は私とともにいろ。もうダンスはするな。本当に相手を探しているわけではなく、ただのつき合いだろう?」


「しかしそれでは令嬢がたが満足しない」


 するとレオポルドは口の端を上げ、ニヤリと笑う。長い指で髪をかきあげて軽く頭を振るだけで、艶めく銀髪から光がこぼれ、肩からさらりと流れ落ちる。見守る令嬢たちから黄色い悲鳴があがった。


「満足するさ。〝金の竜騎士〟と〝銀の魔術師〟がそろっていれば、目の保養には十分だ」


 レオポルドの言葉は本当だった。


 彼女たちは頬を上気させて目を潤ませ、ため息をついて身を震わせながら遠巻きに眺めているが、決して近寄ろうとしない。


 俺とレオポルドの一挙手一投足を食い入るように見つめても、決して邪魔をしたりしない。


 最初は珍獣にでもなったような落ち着かない気分だったが、気心の知れたレオポルドと学園時代の話や仕事の話をするのは楽でいい。


 俺はひさしぶりにリラックスして会話を楽しめた。


 なぜだか俺がレオポルドにグラスを渡したり、話を聞き取ろうとヤツに身を寄せたりするたびに、令嬢たちから悲鳴が漏れ聞こえ、その熱気が増していたが。

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