第9話 王都の錬金術師オドゥ・イグネル

 カーター副団長の命により、王都シャングリラを出発した錬金術師オドゥ・イグネルは、サルカス行きの下り魔導列車に乗って二日目、ウレグ駅の一番ホームに降り立った。


 もともと大きな接続駅であるウレグ駅は、駅前広場を占領したドラゴンたちに歓声を上げる者や、一緒にやってきた竜騎士たちを遠巻きにする者、何事かとようすを見に来た野次馬もいて騒然となっていた。


 ウレグ駅前の広場に飛来した五体のドラゴンたちは、竜王ミストレイを含む三体を残し、すぐに二体がサルカス方面に飛び立った。


(発車まで時間がかかりそうだな……)


 一番線ホームをぶらぶらと歩くオドゥは、中肉中背の目立たない容姿で、こげ茶の髪に黒縁眼鏡をかけた瞳は深い緑色をしていた。


 母親に連れられた小さな男の子が彼を指差す。


「ねぇ、あのお兄ちゃんカラス連れてる!」


「しっ! あれは使い魔よ」


「つかいま? あのお兄ちゃん魔術師なの?」


「いいえ、魔術師は黒いローブを着るわ。白だからきっと錬金術師ね」


 錬金術師団の特徴的な白いローブは錬金術をする際の作業着で、王城の服飾部門がひとりひとり採寸し、術式を刺繍して縫製したものだ。


 竜騎士や魔術師ほど人気はなくとも、錬金術師のオドゥも魔術学園を卒業し、王城で働くエリートには違いなかった。


「錬金術師だと!?」


 ひと目で錬金術師とわかる装いに、だれかが気づいたのだろう。


 検問の準備をしていた竜騎士団の一団から、キラキラと輝く金髪で背の高い男が、もうひとり緑髪の竜騎士を連れて抜けだし、オドゥに向かって急ぎ足でやってくる。


(あいかわらずムダにキラキラしい)


 その場にいた女性たちの視線がいっせいに輝きと熱を帯び、先ほどの親子連れの母親までも、ほほを染めるのを見てオドゥは苦笑した。


 それとも太陽の光を浴びて蒼天を駆けるには、あれくらいまばゆいほうがいいのだろうか。


 竜騎士団長ライアス・ゴールディホーン、鍛えられて引き締まった背の高い体は、胸板も厚く堂々としている。紺地に銀のラインが入った騎士服に身を包む姿はさっそうとしていた。


 短く切られた金髪は騎士団長らしく整えられ、夏の青空を思わせる蒼玉の瞳はどこまでも澄んでいる。すっと鼻筋の通った精悍な顔だちは、整っているだけでなく、笑うとドキリとするほど甘くなった。


「ルルゥ、お前もしばらく遊んでおいで」


 オドゥは自分の左肩にとまる使い魔に呼びかけ、飛び立つのを見送って、ライアスに向かい軽く右手を挙げた。


「よお」


 気安いしぐさに、ライアスのほうも緊張を解く。


「オドゥか」


 そして後についてきた緑髪の副官、デニス・エンブレムを振りかえった。


「彼は錬金術師団のオドゥ・イグネル、カーター副団長の補佐をしていて、俺とは魔術学園の同期だ。デニスは戻って検問の準備を続けてくれ」


「はっ!」


 デニスがその場を離れると、ライアスは探るように同期の錬金術師を見る。


「こんなところで偶然……というわけではないようだな」


「まあね、デーダスからの知らせは?」


 オドゥが単刀直入に切りだすと、ライアスの眉間にグッとしわが寄り、右の眉がピクリと上がる。


「ドラゴンなら昨日発ったとしても、もうデーダスに着くころだ。ウレグに検問を仕掛けるようじゃ、ネリア・ネリスはいなかったのかな」


「…………」


 もともとまっすぐな気性のライアスは、腹芸があまり得意ではない。彼はオドゥをにらみつけたが、あからさまに検問の準備をしているのに、シラを切るのもムダだと判断した。


「デーダスの家は無人で封印されていた。ネリア・ネリスはまだ見つかっていない」


 黒縁眼鏡のブリッジに指をかけ、オドゥは穏やかにほほえんだ。


「へえ、助かったよ。ウチの副団長じゃ竜騎士団までは動かせない。さすがはレオポルドだな」


 人のよさそうな笑みを浮かべているが、オドゥ・イグネルという男は目的のためなら手段を選ばず、ライアスは学園時代から何度もやりこめられている。


 眉間にシワを寄せた騎士団長は、警戒心もあらわに一段と声を低くして、旧知の仲である錬金術師に問いかけた。


「竜騎士団を動かすために、お前がレオポルドを巻きこんだのか?」


「まさかぁ。僕はパニクってたカーター副団長に、『魔術師団長なら術式に詳しいかも』って声かけただけだよ。研究棟のあちこちで封印が発動して、僕らみんな困ってたんだから」


 へらりと笑って、オドゥは肩をすくめた。


「それにグレン・ディアレスのことなら、レオポルドにも無関係じゃないだろ。現にこうして動いているんだしさ」


「それはそうだが……」


 ライアスにとっては学生時代からの友人ではあるが、オドゥには得体の知れないところがある。


「ふふ。じゃ、こっちの情報も。僕はカーター副団長に命じられて、〝ネリア・ネリス〟の手がかりを得るためデーダスへ向かう。王城への移動はドラゴンのほうが早い。後は頼んだよ」


「何だって?」


 驚くライアスにオドゥはひょうひょうとうそぶいた。


「僕は『ネリア・ネリスを連れてこい』とは言われてないからね」


「無駄足になるぞ?」


 ホームからオドゥは上り列車を待ちわびるように、エルリカ方面に顔を向けて首を伸ばす。


「僕なら術式を読み解いて、魔術の痕跡をたどれる。何らかの情報は得られるさ。〝お姫様〟を送るのは任せたよ」


(……こいつ)


 ライアスは魔導列車の到着を待つ、オドゥの横顔を見つめた。


(おそらくカーター副団長は、我々より先に〝ネリア・ネリス〟の身柄を押さえたいはず。だが彼は竜騎士がデーダスへ飛ぶと予想しただけで、駅の検問については知らない……)


 一昨日の夜に魔術師団長室で『三日後に王城に伺う』というネリアの返事を聞いたのは、ライアスとレオポルドのふたりしかいなかった。彼女が魔導列車を使うと想定して、ライアスがウレグ駅での検問を決めたのもその時だ。


 そしてオドゥはカーター副団長の意図を、正確に理解しているにもかかわらず、デーダス荒野に向かうという。


(あえて副団長の命令通りに動き、職権を使って堂々とグレンの家を調べるつもりか)


 ライアスも竜騎士団長として、このままオドゥを行かせるわけにはいかなかった。


「オドゥ、今『お姫様』と言ったな?なぜネリア・ネリスが女性だと知っている」


「え」


 振り向いたオドゥがきょとんとしているのを見て、ライアスは自分の失言を悟る。オドゥの深緑をした瞳が期待に輝いた。


「え?何?ネリア・ネリスが女性⁉︎……ライアスが知ってるなら、当然レオポルドも知っているよね!へぇ……それであいつ何て言ってた?」


「とくには……あぁもう!お前はさっさとデーダスへ行け!」


 このままだとずるずる、よけいなことまでしゃべらされてしまう。ライアスは乱暴に手を振ってオドゥを追い払おうとしたが、相手はそれではごまかされなかった。


「やだなぁ、検問が終わらないと僕は出発できないんだよ?どうせヒマだし、錬金術師団として協力するよ。新師団長には興味があるからね」


 にこやかに言い、眼鏡のブリッジに指をかけたオドゥは、はるか向こうから徐々に近づいてくる魔導列車を見つめる。


 サルカス発、エルリカ経由シャングリラ行きの上りの魔導列車が、二体のドラゴンを引き連れ、ウレグ駅に到着しようとしていた。

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