第7話「見えざる敵意」
国中に響き渡る俺への称賛は、しかし、すべての者が好意的に受け止めているわけではなかった。光が強くなれば、影もまた濃くなる。
俺の急速な台頭を、苦々しい思いで見つめる者たちがいた。その筆頭が、宰相である虎の獣人、ヴォルグだった。
ヴォルグは血統と伝統を何よりも重んじる保守派貴族の代表格だ。獣人こそが至高であり、人間は劣った種族であるという考えに凝り固まっている。そんな彼にとって、どこの馬の骨とも知れない人間が『賢者』などと呼ばれ、王の側近くで重用されている現状は我慢のならないものだった。
「陛下はあの人間に誑かされておられる! このままでは、我らが築き上げてきたライオネルの伝統が穢されるぞ!」
ヴォルグは息のかかった貴族たちを集め、そう言っては俺への敵意を煽っていた。
最初の妨害は、俺が提案した『街道整備計画』の際に起こった。物資の流通を円滑にするため、主要な都市を結ぶ街道を整備し、定期的な補修を行う制度を作ろうとしたのだ。計画自体はカイゼルの承認を得て、順調に進むはずだった。
しかし、いざ資材を発注しようとすると、石材や木材を管理する部署が「在庫がない」の一点張り。調べてみると、資材は確かに倉庫にある。だが、帳簿上はすべて『使用済み』として処理されていたのだ。典型的な横領と隠蔽工作だった。
担当部署の責任者は、ヴォルグ派の貴族だ。彼が宰相の指示で動いていることは明らかだった。
だが、この程度の妨害で諦める俺ではない。図書館司書のスキルは、膨大な資料の中から必要な情報を探し出す探索能力と、矛盾点を見つけ出す観察眼を俺に与えてくれていた。
俺は数日かけて、資材管理部の過去数年分の帳簿をすべて洗い出した。すると、奇妙な点が見つかった。特定の商人との取引だけ、資材の単価が不自然に高く設定されている。そして、その商人がヴォルグの遠縁にあたる人物であることを突き止めるのに、そう時間はかからなかった。
(……なるほど。これが不正の証拠か)
俺はカイゼルに直接報告するのではなく、一計を案じた。
次の評議会で、俺は街道整備計画の遅延を謝罪した上で、こう切り出したのだ。
「資材不足の折、心苦しいのですが、王都の城壁の一部に老朽化が見られます。万が一、敵国に攻められた際のことを考えますと、こちらも早急な修繕が必要かと存じます」
もちろん、城壁の老朽化など嘘っぱちだ。だが、国防に関わる問題となれば誰も無視できない。
俺の言葉に、ヴォルグは案の定食いついてきた。
「な、なんだと? 城壁が? それは聞き捨てならんな!」
他の貴族たちも、街道整備よりも城壁修繕を優先すべきだと騒ぎ始める。カイゼルが黙って成り行きを見守る中、俺は畳み掛けた。
「つきましては、宰相閣下にお願いがございます。国防の要である城壁の修繕です。資材の調達は、国で最も信頼の厚い宰相閣下にこそお任せしとうございます」
俺がそう言うとヴォルグは一瞬顔を引きつらせたが、ここで断れば自身の面子が丸潰れになる。彼は「う、うむ。よかろう。このヴォルグに任せておけ」と、引き受けざるを得なかった。
結果は言うまでもない。街道整備のために隠していた資材を、ヴォルグは自ら城壁修繕の名目で表に出さざるを得なくなった。そして、資材が潤沢にあることが明るみに出たことで、これまでの彼の嘘が露呈したのだ。
俺はカイゼルに、ヴォルグと商人の癒着を示す帳簿の写しをそっと提出した。
カイゼルは報告書に一通り目を通すと、静かに言った。
「……見事だ、ミコト。敵を、自らの言葉で追い詰めたか」
「いいえ。私はただ、事実を述べただけです」
この一件でヴォルグは王からの信頼を失い、俺への憎悪をさらに深めることになった。しかし同時に俺は、持ち前の知識と観察眼がこの獣人国で渦巻く政争においても、強力な武器になることを確信したのだった。
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