第4話 異世界に来た理由

 一方その頃、魔王城では――、


「魔王様がいない……」


 魔王様の寝室に立ち入ったメイドは、その光景を見て顔が青ざめる。彼女はレアの専属メイドを担っており、言わば最も近い距離で支えていた女性。魔王城に住まう数多のメイドの頂点――。それが専属メイドなのだ。


 失敗は許されない。不敬な行いをすれば、瞬時に首が飛ぶ。つまり重要な仕事なのだ。


 日が昇る時間になると、彼女はレアの寝室に立ち入ることを許される。それ以外の時間帯は立ち入りを禁じられている。入ることを許されるのは先代の魔王――レアの父と、その妻である母のみ。


 たまに夜更かしをするレアをしかるのは親の仕事。魔法の研究に勤しんでいた彼女を怒る父の声は、深夜なのにも関わらず魔王城全体に響き渡った。


 話がれてしまった。とにかくこのメイドにとって、レアにつかえることは命懸けなのだ。大袈裟な表現だが、強ち間違いではない。


 そして当たり前のようにレアの失踪が明らかとなった瞬間、魔王城に住む魔族たちは混乱に陥ったのだった。



 一方、現実世界では――、


「なぁ、レア」


「なんだ人間」


 俺が作ったオムライスを分けたことで、ほんの少しだが信頼を勝ち取ることに成功した。本来ならレアのことを『魔王様』と呼ばなければならない。


 しかし食べたそれがとても美味しく気に入ったようで、また作ることを約束したら意外にも名前呼びを許された。


 そんな彼女は今、俺の自室にあるベッドに寝転がり漫画を読んでいた。本棚には学生の時から集めているそれらがあり「自由に読んで良いよ」と許可を出すと、興味津々きょうみしんしんなレアは何冊か手に取りこうして読み始めたのだ。


「俺は人間じゃなくて松本浩司っていう名前が――じゃなくて!」


わらわは漫画を読むことに忙しい。聞きたいことがあるなら後で答える」


 彼女が読んでいるのは少年漫画。本棚にあるそれらはほとんどが男性向けで一部、女性向けの漫画もあるが――その女性向けの漫画もどちらかと言うと男性向け。


 つまるところ、レアが興味を示す漫画がないのでは心配していたのは杞憂きゆうらしい。楽しそうにしている彼女の時間を邪魔するのは心苦しい。だが、どうしても聞きたいことがあり、手短に質問する。


「――どうしてこの世界に来たの?」


 作品にもよるが大抵は、魔王と敵対する存在がいる。最も可能性が高いのは勇者。魔王を討伐する為に困難な修行を繰り返し、世界の平和を望んでいる心優しい人物。対して魔王は世界の征服を企む、悪しき存在。


 両者が戦うのは定めであり、逃れられない運命。もしかして異世界で何かあったのでは――。俺はレアの身を案じていた。しかしどうやら、それも杞憂だったようで。


「……心配してくれるのは嬉しいが、貴様が思っているよりも深刻な状況ではないから安心しろ」


「じゃあ一体なぜ……」


 そう問い掛けると彼女は漫画をパタリと閉じ、恥ずかしそうに頬を掻いた。


「い……」


「い?」


「……家出だ」


「………………………………」


 俺は斜め上過ぎる答えに、言葉を発することが出来なかった。

 

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