第3話 呼び起こされる懐かしい記憶

 レアが我が家に来て数日――。彼女は好物のオムライスばかり食べていた。


「やはりオムライスは美味しいですね」


「レアちゃん本当に可愛い……! うちの息子と取り換えたいくらいだわ!」


「もぅ、お母様ったら……」


「なんだろう。この疎外感」


 朝起きて一階に足を運ぶとリビングでこのような光景が広がっていた。母はレアを気に入った様子で、毎日甘やかしていた。


「母さん。俺の朝ご飯は……?」


「材料なら冷蔵庫にあるわよ。勝手に食べなさい」


「……あ、ありがとう」


 この扱いの差。やはり世間はニートに厳しすぎる。まるで働いてない人は生きる権利がないかのように。


 俺は冷蔵庫を開けてオムライスの材料を取り出す。ここ最近はレアのせいで母がオムライスしか作らない。それもずっとケチャップオムライス。流石に飽きてしまう。


「となると……」


 冷蔵庫の中にはそれと一緒に、未開封のデミグラス缶がすみに入っていた。


「ケチャップではなくて、今日はデミグラスオムライスにしよう」


 ついでに普通の形とは打って変わる、お洒落なオムライスにしよう。


「久しぶりの料理だ。気合いを入れて頑張ろう――!」


 俺は勢い良く袖をまくる。その様子を見ていた母の眼差しは心なしか温かい気がした。




 デミグラスオムライスを作った俺は、独り寂しくリビングの食卓で手を合わせる。


「うん。上手に出来たな。――頂きます」


 ドレス状のオムライス――所謂いわゆる、ドレスオムライスだ。その上にデミグラスを掛け、もう一段階見た目を華やかにする為に数滴、生クリームを垂らした。自分で言うのもあれだが、洋食店で出されるそれに近いだろう。


「見た目は完璧。肝心な味は…………!?」


 柔らかい卵に包まれた、程良い塩加減のチキンライス。両者の相性は抜群でそれを支えるように、デミグラスは香りと旨味を足している。


 茶色のソースに混じっている白い液体は、オムライス全体の味を調ととのまろやかさをもたらしていた。一言で表すと――マジで美味い。


「……懐かしいな。この味」


 俺が小学生の頃に病気で亡くなった父は料理が物凄く上手な人だった。料理人ではなくただのサラリーマンだったが、まるでプロのような腕を持っていて幼い頃は憧憬の眼差しを向けていた。


 父が亡くなってからはそれを食べる機会もなく、長い期間にわたって味を忘れていた。


 そして大人になった俺が自分で作ったオムライス。スプーンで口に運ぶ度に、父との思い出が脳内に浮かび上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る