第19話 泣いていた理由

 無口な女の子はなぜ泣いていたのだろうか。

 ヘルムを片手に女の子の背中を優しく擦る。


「大丈夫? 俺が恐かったかな?」


「……こわかった」


 やっぱりこの鎧は恐いよなぁ。魔王軍の鎧みたいだもん。昔よくからかわれたりしたんだ。


「ごめんな」


「……死ぬんじゃないかと思って、恐かった」


 俺が目の前で死ぬかと思ったのが恐かったということか。それは申し訳ないことをしたな。たしかにエミリアさんを始め、他の子供達も目を丸くしている。


「ごめんな。この鎧はその辺の剣じゃ切れないから大丈夫という自信があったんだ。それこそ、魔剣とかじゃないと切れないからさ」


「サラの前でもう誰も死んでほしくない……」


 顔を覆うとシクシクと泣いているではないか。なんか俺が悪いことしたみたいな感じで申し訳なくなってくるな。


 この子、サラっていうんだな。

 綺麗な名前の子だ。

 髪は白に近い金髪で肌の色も白い。


「死んでないよ? 大丈夫だ」


 それでも、サラは体を震わせて泣いている。どうしたらいいのかわからないが、こういう時は優しく背中をさすることしか思いつかなかった。


「……お母さんとお父さんも……そう言って死んでいった」


 この子の心には俺が思っている以上の闇があるみたいだ。俺が大丈夫だからと言ったところで心の傷が癒されるわけではないのだろう。


「サラの目の前でか?」


「……そう」


 それは大変な経験をしたんだな。なんでそんな経験をしたのかはわからない。でも、目の前で人の死に直面したのは間違いない。


 この歳の子供で、しかも両親となれば相当な精神の負担があったことだろう。いつも無表情で、エミリアさんにさえ笑顔を見せないサラ。


 感情を表に出すことができないくらい心に傷を負っているのだろう。


 俺もどん底にいた時、ちゃんと笑うことができなかった。半笑いというか。その顔をすると人を不愉快にしてしまっていたのだ。


「辛いことを思い出させてごめんな。俺は大丈夫だ。両親みたいに死んだりはしないさ。信用できなきゃ、見てくれ。なんともない」


 鎧を脱いで腕を捲って見せる。

 腹もめくってみせる。

 ちょっと緩い腹を出したが、気にしない。


 勇者を引退した後は、トレーニングもろくにしていないからユルユルのボディになってしまったんだ。


「ぷっ! ポヨポヨじゃん」


「べ、べつに、今それは関係ないだろう? もうおっさんだし、最近トレーニングしてなかったから……」


 少し微笑んだサラ。その顔は屈託のない普通の笑顔だった。


「サラね。ロイさんと仲良くなれない。そう思ってた」


「そっか。なんでか聞いてもいいか?」


 こんなことを言われたからって怒ったりはしない。俺の、何が足りなかったのか。何がサラの気持ちに届かなかったのか。それが知りたいから。


「ロイさんは、頑張っている人が好き。そう思ってた」


 そう言われて、ドキッとした。たしかに、サンのように素振りを頑張っていたり、ルナのように一生懸命人と関わろうとしている人が好きかもしれない。


 ただ、それは別にその人を否定するわけではない。そういうアクティブな人が好きだということだと思う。


「ごめん。それは、間違ってないと思う。頑張っている人は応援したくなる」


「でも、リンクにも優しかった」


 それは、そうだろう。

 だってリンクには、リンクなりに頑張っていたのだから。


「リンクは別に頑張ってない。けど──」


「──ごめん。サラ。リンクは凄く頑張っているんだ。自分の心の傷と体の傷と、向き合って凄く頑張っているんだ。だから、違うんだ。でもな、サラも頑張っていると俺は思う」


 サラは自分も頑張っていないからよかったと言いたかったのかもしれない。

 でも、それは違う。

 リンクも、サラも精一杯生きているんだよ。


「サラは、心を閉ざしてはいるけど、皆のいる食堂にきて一緒にご飯を食べたり、一緒の空間にいて本を読んだりしているだろう?」


「……ううん。サラは頑張ってない」


 俯いてそう答えるサラ。その目は赤くなっていた。涙が溜まって頬に一筋の涙が零れ落ちた。


「この世界に、頑張っていない人間なんていない」


 俺が口にすると、目を見開いて黙ってしまった。


「本当は、人といたくないんじゃないのか?」


 サラは、少し考えると頷いた。やっぱり、極力人と関わりたくないんだろう。でも、日々子供達と共に過ごしている。


 それは、人に悟られないところで努力しているということだ。そういうところを、俺は見ていたい。見ていないからと勝手に評価したくない。


「サラ、無理しなくてもいいんだ。でも、人と関わらずに生きていくというのは、無理だと俺は思っているんだ。生きていくには、どうやっても人と関わってしまう」


「じゃあ、どうしたらいいの?」


 素直に疑問をぶつけてきてくれたことが嬉しかった。サラがちゃんと自分の考えを話してくれている。


「人との距離を考えて生きていけばいいと思う。あっ、物理的な距離じゃないぞ? 心の距離な」


 サラは、人との距離を詰めるのが辛いんだろう。仲良くなって、また目の前で死んだら、精神が崩壊してしまうから。


 それをわかっているから距離を詰められないのかもしれない。


「距離かぁ……」


「そう。ある程度の距離で接する。これは大事だ」


「サラは、まったく知らない道行く人に死んでほしくないと思うか?」


 上を見てちょっと考えている。


「うーん。そんなに強くは思わないかな」


「そういう感じなんだよ。人とどこまで仲良くなるか。どこまで自分をさらけ出すかで信頼度が距離となって決まっていくんじゃないかな」


 すると、サラは首を傾げた。


「じゃあ、仲良くない人っていうのは、自分を出せない人……」


「そうだな。そうなる。ここにはいないだろう?」

 

「うん。いない」


 ためらいがなかった。よかった。


「それなら、ここではありのままの方がいいよ。無理に我慢しなくていい。なにかあったら俺を使えばいい!」


「んー。わかった。我慢はしないようにする」


 サラを抱きしめると腹が鳴った。

 その音を聞いて、また笑う。


「すまん。まずは、朝飯食うか!」


 サラの肩をポンッと叩いて立ち上がると、周りで様子を見ていた子供達も動き出した。


「ご飯だー!」


 エミリアさんと俺が慌てて中へ入り、朝ごはんの準備をしていた。


 その頃、アノニマス家は。

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