第11話 リンクの過去

 一生懸命体に薬を塗り込んでいるリンクを見ると、また気持ちが込み上げてくる。視界がぼやけて来るのを、なんとか必死に瞬きをして堪える。


「リンク、せっかく二人きりにしてもらったから……リンクの話を聞きたいんだけどいいかな?」


「……ぅん」


 頷くリンクを見て、足を崩してあぐらをかき、長く聞く体勢になる。

 俺が受け止めきれるかはわからない。

 でも、聞きたい。リンクがどんな思いをしてきたのか。


「簡単なことだよ? ボクは、ここに来るまで魔物用の鎖で繋がれてたんだ」


 いきなりの衝撃だった。頭をハンマーで殴られたような鈍い衝撃が走る。いきなりクラクラときそうだったが、なんとか踏ん張る。


「そう……なのか」


「それで、飼い主の気分で、ムチで打たれていたんだ。それだけだよ」


 裂傷を負うくらいの傷になるなんて、力が強くないと無理じゃ……。いや、短いムチなら思い切り叩いたら皮膚が避けるかもしれない。


「黒い魔物は、なんで恐かったんだ?」


 なるべく優しい口調で聞くようにする。

 大事に大事に包み込むように扱う。

 じゃないと、壊れてしまいそうで恐かった。


「んー。暗い部屋で飼われてたから、黒いのとか暗いところとかが苦手なんだ」


 そうか。暗いところが苦手なんだな。

 それだと寝るのも恐いだろうな。


「その……目を瞑るのは恐くないのか?」


「こわいよ。だから、明かりをつけて身体が勝手に寝るまでずっと起きてるんだ」


 なんてことだ。思わず頭に手を当ててため息をついてしまう。そんなに辛い日々を送っているとは思わなかった。


「俺みたいな男と一緒にいて大丈夫なのか?」


「うん。飼い主じゃないってわかってるから。飼い主は凄い顔なんだ」


 凄い形相で打たれていたのかもしれないな。

 なんでそんなひどいことをするんだろう。

 抵抗できない子を打つなんて……。


「あまり思い出したくないかもしれないけどな、その飼い主はどうしたんだ?」


「……しんだ」


 何と言っていいかわからない。

 "よかったね"なのか、"残念だったね"は違う気がするし。


「飼い主が死んで、その後誰かが解放してくれたってことか?」


「うーん。飼い主の付き人が殺した。それで、ボクを出したんだ」


 付き人が下克上を起こして、リンクを助けてくれたってことかぁ。その人には俺も感謝したいところだけど、今は罪を償っているのかな。


「その付き人は?」


「ボクをここに置いてどっかいった」


 体に薬を塗っていた手を止めた。


「どんな顔かは、覚えているか?」


「覚えてない。顔、真っ黒」


 あぁぁ。心がその情報を入れるのを拒んでいるのかもしれない。見たくない。知りたくないということなんだろうな。きっと。


「そうか。俺の顔はわかるのかな?」


「うん。ロイさんは優しい顔」


 不意に言われたその言葉が嬉しくて、また嗚咽を漏らしてしまう。散々恐い顔だと言われて来たから。


「なんで、泣くの?」


「リンクから言われた言葉が嬉しいんだ」


 頬を伝う涙を拭きながら、リンクの目を見つめる。リンクは目を丸くして何かに驚いているようだった。俺の言った意味が分からなかったのだろうか。


「嬉しいと、泣くの?」


「そうだなぁ。命が助かった時、優しい言葉を掛けられた時、感謝された時とかかなぁ。嬉しいことでも涙を流すこともあるんだぞ?」


 首を傾げて「ふーん」というと、薬を見つめていた。何かを思い出したのだろうか。遠い目をしている。


「あの時は、嬉しくて泣いたかもしれない」


「ん? いつのことだ?」


 お腹の大きな傷を指して「これ」と急に言った。


「これの時、すごい血が出たの。付き人さんが涙を流しながら、薬を作ってくれたんだ。それを塗ってくれた時は、嬉しくて泣いたかもしれない」


 もしかして、その付き人は母親なんじゃないのか?

 

 ムチで叩いていたのは父親で、それをどうにもできなくて薬を作ることしかできなかったのかもしれない。これは想像でしかない。


 でも、付き人さんの行動から考えると母親ではないかなと思う所がある。


 思わずリンクの頭を撫でた。

 

「その人が、薬を塗ってくれたおかげで、今生きているのかもしれないな?」


「ボクは、死にたかった」


 手で口を抑え、声が漏れるのをなんとか堪えた。この五歳くらいの歳で死にたいなんて思うくらい辛かったんだものな。


 死んだ方が楽だったのかもしれない。そう考えると、生きながらえさせたのも残酷だったのかもしれないと、そう思ってしまった。


「辛かったよな。でも、俺はな、リンクが生きていてくれて嬉しいぞ?」


「なんで?」


 首を傾げて心底不思議そうに話す。


「こうやって一緒に薬草採って、薬を作って塗って。リンクと過ごした時間が楽しかったからな。そして、これからも一緒に過ごしたいと思ったからかな……」


「そっか……。ボク、生きていていいの?」


 リンクの気持ちが動いたのを感じた。

 目が揺れて濡れている。

 俺の気持ちが届いてくれたのだろうか。


「俺は生きていてくれなきゃ困るなぁ。せっかく薬草を採って来たんだ。薬をいっぱい作ったら、塗る人がいないと困る」


「うん……ぅん……」


 我慢できずにリンクを抱きしめた。今、感情を表に出そうとしてもがいている。背中を優しくさすりながら声を掛ける。


「いいんだぞ。生きていてほしいんだ。ここにいるみんなだって、きっと同じことを言うぞ?」


「っ……うっ……そうかな?」


 リンクは涙を流しながら顔を上げた。


「あぁ。だから、一緒に生きていこう。俺がきっと、リンクが幸せになれる道を探すよ」


「うっ……ぅんん」


 体を震わせて、全力で涙を流している。

 服の袖を力強く掴み、気持ちを表に出しているところだ。

 これで、少しリンクのことが知れた。


 どれだけ辛い思いをしてきたのかは想像でしかない。

 寄り添えば気持ちを開いてくれる。

 そう信じてよかった。


 抱き合ってしばらくの間、泣いていたのだが。

 いつの間にかリンクは寝息を立てていた。

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