第8話 薬草採取

 子供の二人を引き連れての森の探索は、正直かなり危険だ。危険な魔物ももちろんいるし、安全な道があるわけでもない。


 今回行くロウランの森は、薬草の群生地が比較的近く、入ってすぐの湖のほとりに生息している。とはいえ、注意が必要。


 俺の後ろを歩くように言い聞かせて後ろをついてくる二人。

 サンは緊張したように顔が硬直している。

 打って変わって、リンクはほのぼのとした顔で散歩を楽しんでいるかのようだ。


 外に出るのは恐いと思わないのかもしれないな。肝が据わっているというかなんというか。


 森が近くに見えて来た。

 入口はすぐそこだ。


「もう少ししたら、森に入る。俺が周りを警戒しながら進むが、何か気付いたことがあったら言ってくれ」


「はい!」


 サンが元気よく返事をする。リンクは頷くだけだったが、わかってくれているみたいだから大丈夫だろう。


 森へ入る前に周りを警戒する。

 空気を一気に吸い込む。

 周囲の匂いを体に取り入れ、獣の匂いがしないことを確認。


 目を瞑り、なにかの動く音がないかをしばらく耳を澄ませる。

 近くには何もいないだろう。


「よしっ。入るぞ」


「ゴクッ」


 サンの唾を飲み込む音が響いた。緊張しているみたいだな。そのくらいの方がちょうどいい。あまり緩い気持ちで森へ入るものではないから。


 草をかき分けながら奥へとするんで行く。森というだけあって日の光があまり入らず、ちょっと薄暗い。薄暗いから魔物が潜んでいてもわかりづらいのだ。


 だから、匂いを嗅ぎ、音を聞きながら進まないといけない。視覚だけを頼りにしているようでは三流の冒険者だ。


──バサァ


 なにかが飛び立つ音が響いた。

 咄嗟に頭を下げて上を確認する。

 鳥が飛び立っただけみたいだ。


 後ろを確認すると、サンの顔が少し青い。

 緊張を少し解いてあげないとな。


「サン、大丈夫か? ここは浅い層だから、魔物は滅多にでない。深呼吸して空気を良く吸うんだ。森の空気を感じろ。緑のいい香りがするから」


 立ち止まってサンに酸素を吸わせる。緊張していると、呼吸が細くなり酸素を取り入れづらくなるからだ。


 サンは、大きく息を吸って大きく吐いた。それを何度が繰り返していると、顔色が正常に戻っていく。やはり酸素が足りていなかったようだ。


「どうだ? 森の香りはいいだろう?」


「うん。本当だね。木の匂いと葉っぱの匂いがするね」


 少し笑顔が見られた。よかった。少し緊張がほぐれたようだ。


「そうだ。それを感じられたら、獣の異常な匂いも感じ取れる。冒険者への第一歩だ」


 さらに顔に光が宿る。大きく頷くと目にも力が入っているようだった。良い目だ。本当にいい冒険者になるかもしれないな。


 リンクも真似をして大きく息を吸ったり吐いたりしている。そして「おぉー」と声を上げて何度も大きく呼吸を繰り替えす。


「リンクも、匂いわかるか?」


「うん。初めての匂い」


 今まで自然を感じるところに出ていなかったのかもしれないな。初めての体験っていうのは、記憶に深く刻まれるという。


 いい記憶として刻み込んで欲しいな。そのためには、安全に楽しい冒険で終わらせたい。


「よし。もう少しだ。進むぞ?」


 二人は静かに頷くと後ろについて歩き出した。

 俺達の枝と葉を踏みしめる音が響き渡る。

 この森に自分達しかいないように錯覚しているかもしれない。


 慣れていない者が森に入ると、他に何もいないような気がしてきて油断してしまう物なのだ。初心者の冒険者によくある。


 音と匂いを常に気にしていないと大変なことになるのだ。


「止まれ」


 静かに手で後ろ二人の動きを止める。そして、手でしゃがむように指示を出す。教えていなかったが、ちゃんとしゃがむ二人。


 わかってくれたようだ。

 何者かが動いている音と獣の匂いを察知したため、止まった。


 湖はもうすぐそこ。視界に入っているから、何がいるかは見えるだろう。


「変な匂いがするね」


 サンが小声で伝えて来た。ちゃんと感じていたのか。本当に見込みがあるな。


「これが、獣の匂いだ。覚えておけ」


 少し口角を上げると、頷いた。

 自分が獣の匂いを感じられたことが嬉しいのだと思う。

 リンクも「ほぉぉ」と言っているところを見るとわかっていたのかもしれない。


 この二人は、意外といいコンビかもしれない。将来パーティとか組んだらいい線行くんじゃないだろうか。そんな子供の将来を考えてしまうのは、オジサンだからだろうか。


「あれはなに?」


 サンが声を上げる。湖へ足を踏み入れて来たのは、ブラックロウという黒い狼のような魔物だった。アイツは群れて活動するから一頭だけではないはずだ。


 思った通り、後ろから四頭がついてきて湖の水を飲んでいるようだ。休憩に来ているのだろう。あの状態だとあまり警戒していないだろうから様子を見ていなくなってから薬草を採ろう。


「あれは、ブラックロウという魔物だ」


「……魔物」


 顔が強張っている。正しい反応だと思う。普通の生活をしていればあまり遭遇することはないからだ。街へは入らないように防護壁が設置されているからな。


 魔物の匂いと存在に、恐怖を感じる人は多い。


 後ろを確認すると、先ほどまで平然としていたリンクの呼吸が荒い。ブラックロウをみて震えている。


「リンク、呼吸を大きくするんだ。大丈夫。恐くないぞ」


 そう言って落ち着かせようとするが、聞く耳を持たない。

 呼吸は荒くなるばかり。

 体が後ろへ下がって尻もちをついた。


──バキバキッ


 大きな枝の折れる音が響き渡った。

 咄嗟に魔物を確認すると、五頭全部がこちらへ視線を向けて警戒態勢をとっている。

 まずい。


 息を吸い、頭を回転させる。

 こういう経験は何度もしてきている。

 ただ、その時は討伐したのだが、今回は違う。


「キェー」


 鳥の鳴き声を響き渡らせ、足元に合った石を遠くへ投げる。遠くで大きな枝の折れる音と、葉の擦れる音が耳に入る。


 少し様子を窺っていると、ブラックロウ達はそちらへと駆けていった。


 サンは顔を青くして、尻もちをついた。

 頭を撫でて「よく声をあげなかったな」と言うと頷いていた。

 続いてリンクに寄り添い、抱きしめる。


「リンク、君に何があったかはわからないが、もう大丈夫だ。君を害する者はいないよ。安心していい」


 背中を撫でていると、呼吸が落ち着いて来た。

 顔を見ると顔色が戻っていた。


「大丈夫か?」


「……うん」


 頷いたことを確認すると、先を促す。


「湖のほとりに生えているあれが薬草だ。一緒に摘んでいこう」


 二人を連れて湖へと行くと一緒に薬草を摘んでサンは自分の鞄へ、俺の鞄に自分の分とリンクの分を入れる。これで初めての薬草採取は終わった。


 帰り道は無言だったが、達成感をみせている二人の顔は誇らしそうだった。ただ、リンクの顔が少し曇っていたのが気になる。


 何があったのか、話してくれるといいんだけど。

 ちょっと思い切って、戻ったら聞いてみるかな。

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