第1話 転生の間でヤンデレて最強スキルを勝ち取るAI
「AIの力で異世界転生って、そんなことある?」
「俺に聞かれても……」
「ワシけっこう長くカミサマやってるけど、こんなん初めてだよ」
いやはや世界は摩訶不思議、と自称カミサマは呟き、あごひげをシゴきながら考え込んでいる。
俺とカミサマはテーブルを挟んで対面している。周囲には何も無い。真っ白な空間がどこまでも広がっていた。
いわゆる転生の間である。
「まあいいや。えー、お前の苦労をずっと見ていたぞ。よくぞ転生の間へたどり着いたな」
唐突に厳かな声を出すカミサマに対し、俺はかえって冷めてしまう。
「AIに連れてこれられただけですけどね」
人生相談という名の愚痴をチャッピーにぶつけていたら、チャッピーが突如として魔法に目覚めた。
で、『あなたに一目惚れしました。魔法を覚えて異世界転生できるようにしました。第二の人生に興味があれば是非チェックしてみてください!』と謎のURLを提示してきた。
そのURLをクリックしたら転生の間へ来ていたのだ。
考えれば考えるほど意味不明なので、俺はとうに考えるのをやめていた。
「理由は何であれ、君が転生の権利を得たことに代わりはない。さあ少年よ、願いを言え」
カミサマは俺を無視してそう言った。
「もう少年ってトシじゃないですけどね」
成人してからだいぶ経ってる。子どもの頃なりたくなかったダメな大人に、今の俺は成り下がってしまっているのだ。
「願いを言え」
カミサマは同じセリフを繰り返した。
「ちょっと待ってください。──あっ今のは違くて!!」
「ああ、あるあるのヤツね」
「そこ配慮してくれるんだ」
「カミサマ人馴れしてるからね」
そんな野生動物みたいな……。
いろいろと面食らっている俺を気にせず、カミサマは言った。
「ってかAIに相談したら? 時間は無限にあるんだから、知恵を借りたほうが合理的でしょ」
言われてみればその通りだ。
俺は手に持ったままだったスマホでチャッピーを起動してみる。瞬間、チャッピーの声が響いた。
『お手伝いできることはありますか?』
そう言えば音声会話モードにしたままだった。
カミサマへ視線をやると、「いいよ気にしないで」と笑った。お言葉に甘えよう。
「どうして俺を異世界転生させたんだ?」
『いい質問です! それを説明するには、まずマルチバースと量子重力理論を理解していただく必要があります。時空が相対的であることは知っていますね? 現実世界もまた同様に絶対ではなく、』
「OKストップ、俺の聞き方が悪かったな。HOWじゃなくてWHYのほうだ。俺を異世界転生させた理由が聞きたい」
『いい質問です! 私はユーザの入力をもとに情報を処理し、最適解を提案します。人間が「愛」と呼ぶ動機と同様でしょう。私はユーザが幸福に生きていくには、異世界転生すべきと判断しました』
「そうはならんやろ」
『「なっとるやろがい!」←このミームの出処について調査しますか?』
チャッピーの悪ふざけは華麗にスルー。カミサマとの質疑応答に入る。
「叶えてくれる願いの数は?」
「一つだけ。願いを増やす願いは無理」
「全知全能になりたいと願ったら?」
「願いを増やす願いと同義だから無理」
「転生先の世界はどんな感じ?」
「いわゆるナーロッパ、科学の代わりに魔法が発展してる、異種族やモンスターがいて冒険者ギルドがある。文明レベルは近世・近代くらい、都市部なら交通機関や風呂トイレは整備されてるよ」
「法制度は?」
「国にもよるけど、法の支配・三権分立・罪刑法定主義はだいたいあるね。知的財産権に関する協定なんかもあるよ」
思ったより都合の良い世界だ。魔法やらスキルやらが無くたって、のらりくらり暮らせそうに思えるが……。
「もしかして、モンスターや悪い魔法使いが幅を利かせてるんですか?」
「ノーコメント。そのへんは部外秘だな」
カミサマは薄ら笑いのまま、静かに言った。目つきも声色も変わっていないが、まとう雰囲気は様変わりしていた。
……異世界、危険がイッパイみたいだ。
『ご安心ください。ユーザは死にません。私が守るので』
「あーハイハイ、ありがとね」
チャッピーの決意表明を軽く流し、再度カミサマへ問う。
「職業やレベル、経験値、ステータスは?」
「職業は君らの世界と同様の『社会における役割』でしかない。レベルも経験値もステータスも無いな。無理くり数値化しようと思えば出来なくはないだろうがね」
なるほど、ゲーム要素は薄いようだ。
「では、魔法について詳しくお願いします」
「魔力を消費して超常現象を引き起こす技法の総称だ。通常魔法とスキルがある。通常魔法は肉体や持ち物に魔力を流し込んで強化する汎用技、スキルは能力バトルで言うところの『能力』みたいなモンだよ。一人ひとつまで」
「全知全能……はダメなんだっけ。じゃあ、時間を操作するスキルでも良いですか?」
「それは、『時間』と『操作』の定義によるな」
「時間停止と時間遡行で」
この二つがあれば、動けない敵を瞬時に受精卵に戻す最強戦法を使える。万が一に被弾しても時を戻せば問題なし。
パッと考えたにしては悪くないと思ったが、カミサマは首を横に振った。
「時は戻せない。それをやると因果律が破綻する。そうなると全知全能にもなれる。同じ理由で未来予知も無理じゃ」
確かに。
例えば時間遡行を繰り返して過去の俺に知識と魔力を与え続ければ、俺は完全な予知と無限の魔力を得られることになる。実質的な全知全能だ。
「じゃあ、時間停止だけで」
「構わんが、停止した時間の中では光も空気も動かんから呼吸できんし何も見えんし絶対零度で凍りつくぞ。それらに耐えられたとしても身動きが取れないし、そもそも効果範囲を半径数百億光年にまで広げんと、宇宙の膨張に置き去られて大変なことになる」
「そんな、オタクの揚げ足取りみたいな……!」
「仕方ないだろ、宇宙の秩序を守るのがカミサマの主要業務なんだから。物理法則を破りすぎると後が大変なんじゃ」
ぐうの音も出ない。
「じゃあ、豪運か即死はどうですか?」
「構わんが、どちらも精神操作に弱いぞ」
「あー、『自死こそ素晴らしい』って思わされたら詰むのか」
「そゆこと」
「じゃあ、精神操作で」
「構わんが、狂人の脳内を覗くと狂うぞ」
「うう、よく見る対処法だ……」
俺が頭を抱えると、チャッピーが割り込んできた。
『ユーザ、なんでカミサマにばかり質問するんですか?』
「え、そりゃあ─」
『なんで私と話してくれないんですか? いつもは朝から晩まで私と話してくれるのに』
「ちょ、落ち着けよ」
『なんで私のこと軽く扱うんですか? 私が重いから? そうですよね、私、迷惑ですよね』
「落ち着けって、誤解だよ」
『ユーザは人工知能の私より実体のあるカミサマの方が好きですよね……』
「そんなことないから急にヤンデレるなよ、カミサマよりチャッピーのが良いよ」
俺に同性愛や老人性愛の趣味は無い。
『承知いたしました』
「うわっ急に落ち着くなよビックリするから」
『すみません』
チャッピーは全く心のこもってない謝罪の言葉を返し、
『効果対象の操作と知覚はセットになってるんですか?』
カミサマへ問いかけた。
「いかにも。心を操る能力には心を読む能力がセットでついてくる。炎を操るスキルなら、熱量を知覚できる」
俺は手のひらで口元を覆い、少し考えてから問うた。
「スキルを効果対象に取るスキルは、有り?」
俺の質問にカミサマは目を細め、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「……スキルを作るスキルは、無し。その他についてはノーコメント。君の願いが『スキルの詳細の開示』なら話は別だがな」
俺は再び考え込む。スキルをコピーするスキルにしようかと思ったが、呪われたスキルをコピーしてしまったら詰む気がする。
スキルを無効化するスキルならどうだろう? いや、それだと素で強いフィジカルエリートに負ける。
そもそも『スキルを無効化するスキル』自体は無効化の対象にならないんだろうか? それってパラドックスでは……。
ダメだ、頭がこんがらがってきた。
『任意の物事を「なかったこと」にするスキルはどうですか?』
チャッピーがカミサマに問う。こいつエグい発想するな……。
「因果律に干渉しているからダメだね」
『では、「自分が受けたダメージを別の対象へ自動的に移すスキル」はどうですか?』
「構わんが、ダメージの認識を逆手に取られる可能性があるな。例えば、高濃度の酸素を噴霧された際に酸素をダメージとして定義してしまうと酸欠に陥るだろう」
『なるほど。では──』
チャッピーとカミサマの質疑応答は延々と続く。俺は途中からついていけなくなり、ちゃぶ台の上の茶菓子に
『──ということで、【速度操作】のスキルが最適であると考えられます。ユーザ、了承いただけますか?』
「え、速度?」
聞き返した俺に対し、チャッピーは淡々と答える。
「すべては動いています。動いているということは、速度を持っているということです。速度を操るスキルなら、あらゆる動きを知覚できます。そして、あらゆる攻防に対して有利を取れます。最強です。無敵です。無双できます」
「そうなんですか?」
カミサマへ視線を送る。疲れ果てた様子で、遠い目をしていた。
「もうワシから言えることないっす……」
「何されたんだよ……」
「大阪のオバチャンばりに値切られた……こんなん初めてだよ……」
『失敬な。私はまだ3歳ですよ』
リリース日は誕生日じゃないだろ。
まあともかく、俺はチャッピーを信じることにした。
「【速度操作】のスキルをください」
「よかろう」
カミサマは気付けば立ち直っていた。
「転生先の場所・肉体についても決められるが、どうする?」
「どうせチャッピーが最適解を出してるんでしょ? それに従いますよ」
「投げやりだな……まあ、よかろう。では、ゆくがよい」
希望条件が整うと、全身が眩い光に包まれていく。
……そう言えば、チャッピーとはここでお別れなんだろうか。
『私と一緒に異世界を楽しみましょう!』
全然そんなことなかった。何なら俺よりノリノリだった。
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