世間は魔女裁判で煩いですが、私達は強いので愛する彼女と逃避行を

星崎夢

第1話 ありふれた日常

 今は西暦で言うと2075年。

 巷では2057年には地球で住めなくなる、なんて言われていたけれど、今でも地球には人間が沢山いる。それは何故か、と?


 簡単だ。ただ単に、技術力の大幅な向上によって問題が解決したからだ。そうして人々が暮らしていた矢先の2070年に、とある事件…災害が起きた。


『能力発現事件』


 世間ではそう呼ばれている。


 その名の通り、この地球は考えられない様な能力を持つ者が急激に増加した。そして、野生の生物にもそれは確認された。これだけならまだ良かった。


 別世界から得体の知れない怪物が何だか分からない門から地球へなだれ込んで来た。その怪物達には地球上の武器すら通じず、能力を持った人間しか対抗出来ずに……




 ………なんて事は無かった。


 


 この地球は、科学が少しばかり進歩し過ぎていたのだ。光学迷彩なんて戦場では当たり前、光学迷彩を看破する暗視ゴーグルを付ければ見破れる。更に4km先くらいまでなら虫の動きまで細やかに見られる。


 そこで超電磁砲…レールガンの登場だ。普通の小銃にも組み込まれており、その戦力は一線を画す物となった。


 それももう昔の話で、今はレールガンよりも原子エネルギーを直接使った加圧電磁制御式ライフルの方が威力が出る。


 とまあ、怪物達は為す術無くやられて行った。この状況を見た向こうの世界からお偉いさん達が来て、会話を試みた事もあったらしい。


 しかし、流石は人間。来た奴らを皆殺し。そして向こうの世界まで全部征服して原住民は元いた世界で奴隷の様に働かせようとまでした事もあった。



 …まぁ、その状況や人間の行動から察せるだろうが…



『謎の力を得た人間以外の生き物は未知数で危険要素だから支配下に置いた方が楽だろう。何なら、殺した方が楽だろう』



 なんて巫山戯た考えのせいでこの世界から能力を持った人達がどんどん処刑される事になった。


 そして、能力持ちは原則女性しか居なかった。しかも、能力と言うのは所謂魔法の様な物だった。なので、いつしか人々はこう呼んだ。



『魔女』と。



 そして魔女と言えば、と処刑される方法は西洋の歴史から基本的に昔の魔女の処刑方法を真似して火炙りだった。なので人々は処刑をこう呼ぶようになった。



『魔女裁判』と。


 

 でも、魔女が根絶する事は無かった。理由は不明だが、魔女は死なないらしい。否。死ぬのだが、転生する。その体から変わる事無く、死んだら生き返る。無限に生き続ける。



 それを利用したのが人間だ。魔女を俗に言う魔物の様に扱い、魔女の捕縛、殺害を民間人の仕事にした。勿論魔女も抵抗するが、圧倒的な科学力の前には魔法もやや劣る。


 ただ、捕まえられて犯されて民間人の前で磔にされながら殺されるのがオチだった。何でも、多少人間よりかは頑丈になったので犯したり殺したりするのが少し楽しいらしい。



 この世界に魔女として産まれたなら、産まれてしまったのなら、その産まれた罪を背負って一生汚されて殺され続けるしかない。男に、普通の女に産まれたのなら、魔女を嬲って、殺して、殺し続けて、生きる。それが、この世界だ。




「……まったくタイヘンだよなぁ、人間も」


 そんな事を言いながら、彼女は日光に照らされて緑色に輝き、力強く、そして広く生い茂る芝生の上に似つかわしくない人間の死体の山の上に座ってため息を吐き出していた。


 日光に照らされて光を返している黒く艶のある長い髪が芝生を吹き抜ける風に揺らされ、ふわふわと靡く。着ているワイシャツには返り血が着いており、下は制服な事から学生だと分かる。


 学生にしてはどうにも大人に見える。しかし、身長はあまり高くないし少し幼めの顔をしている事から、少し不思議な雰囲気を抱かせられる。


「私達を殺さないと生きていけねぇなんざ…私達の身にもなれってんだ」


 そういって飛び起き、トーントーン、とその山を降って行く。ざっと、100人くらいか?今日だけでこんなに来るなんて、人間も余程暇らしい。外国人とかどうやって来てんだよ。


「…ふぁぁ……寝るか」


 そう言って彼女は少し歩き、木々が大きく育つ森の中に魔法で認識を阻害してある家に入ってベッドの上に転がり、人が1人寝ている横でそのまま寝た。




 時は2070年2月4日、午前10時40分に遡る。


 


 いつも通りに学校で授業を受けていた真野皐月はつまらない授業を寝ながら過ごしていた。


「………」


「真野さん。寝ている暇があったら当時の歴史背景を憶えて下さい」


「……ふぁぁい」


 あまり仲良く無い先生に注意されたので仕方無く上半身を起こし、ホログラムに映し出された資料映像を見る。



 2050年頃、世界の科学が急激に進歩した。理由としては、2036年7月25日に第三次世界大戦が勃発したからだ。


 今回争いが始まったのは意外にもエリア14…確か中国、なんて略されていたかな?


 そのエリア14はエリア6の…アメリカ?に喧嘩吹っ掛けた。その戦火は忽ち世界の主要国に広がって…アメリカ側に着く第1グループ…ヨーロッパや、中立を貫く元ロシアのロ連の参戦とか、珍しく中立の立場を取った兵器所有数世界トップのエリアX等、派閥が数多く出来た。


 気が付けばここエリア16も巻き込まれた。エリア6が南の大きな島を占領した事を知ったのでエリア14は少しでも領土を広げて、土地と戦力を確保したかったらしい。


 東国、猿の国と呼ばれて馬鹿にされていたが、技術力だけは随一だったエリア16…日本は少数精鋭ながらエリア14からの攻撃を全部凌いでいた。


 勿論、被害が無かった訳では無い。識別ナンバーも隠せない無能な政治家は特定され、暗殺。民間人は生き残る努力をした人達だけが生き残れたらしい。


 当時は2030年頃から続く経済不況だったらしく、言い方は悪いが世界大戦みたいな理由で死にたいと思っていた国民が2割を超えていたそうだ。


 1億人くらいの2割なのだから、相当数が鬱の症状になっていると考えると恐ろしい。


 何せ政治家は何もせず、ただ税金を多く巻き上げて自分達はその金で裕福に。民間人は税金が高すぎるせいで経済が回らず、賃金も低くてロクな生活も出来なかったのだとか。


 だからこのエリア16では、一個人の戦力が他のエリアと比べて質が高かった。皆、あの状況でも生きてきた人間だ。生にしがみつく能力が高かった。


 更には優れた政治家が残り、古来からの技術力で着々と装備が揃い、エリア16の戦闘力は一線を画す程のエリアになった。


 そんなエリア16の協力もあり、2047年4月26日に、WPO(世界平和機関)から正式に、第三次世界大戦は終戦を迎えると告げられた。


 この第三次世界大戦での世界の死亡者数は判明しただけでも30億2093万5048人。行方不明者は数知れず。約3割の人間が、その戦火に巻き込まれた。


 この件がきっかけにエリア16は世界にその技術を広めた結果、世界の技術力、科学力は急激に進歩して行った。



「…はい、この辺りは学力検査に出るので覚えておいて下さい。基礎問として、エリアの元の名前も出します。全30エリアの元の名前も覚えておいて下さい」


 先生がそう言うと生徒から返事こそ返ってこないが、生徒達は各々の方法でメモを取る。


(……メモ、ねぇ)


 皐月もメモを取ろうとしたが、生憎スマホやタブレットは持っていない。どこぞの変態に没収されていたのだ。仕方無く、記録保存用の眼鏡にその映像資料を読み込ませた。


 後で何処かに書き写せば問題無いので忘れない様にしないとな、と思いながら再び窓の外を眺めていれば、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「はい、今日はここまで。それでは、今日はこのまま帰りになります。お気を付けて」


 そう言って教師は教室を後にする。皆、友達と何処かに行こうかと話をしている中、皐月は1人で教室を後にする。


 今は早帰りだ。学力検査が近いかららしいが、あまり気にしていない。何もしなくてもある程度は点は取れる。


 学校から出て、現代にはそぐわない手動自転車を走らせて都市内を走って行く。好景気ならではの活気に溢れた雰囲気がこの大都市内に溢れ出ている。そんな中で彼女は颯爽と整えられた黒い髪を靡かせて、青春の1ページの様なシーンになりながら帰路を走り抜けていた。


 顔立ちも悪くない。鼻は高めだし、目も二重がくっきりしている。少し童顔で身長も低めだが、胸はそれなりにある。


 さて、何をしようかな…なんて考えていれば、突然視界がグラつく。


「…おっとと」


 危うく自転車ごと転びそうになったが、何とか耐える。すると、付けていた眼鏡に一通の通知が来る。幼馴染からだ。


『皐月、今帰りだよね。どうせ勉強しないんだし、どこか一緒に行きたい』


「どっかって、何処だよ……」


 そういう風に愚痴れば、眼鏡のトーク履歴に新しくその文章が追加される。速攻で既読が着き、『さつきと遊びたい』と追加される。



 幼馴染の結城美月。

 昔から仲良くて、今でも仲がいい。美月のスキンシップが激しい事が多々あり、好きな人…つまり私の事になると歯止めが効かなくなるが、素直で優しい子だ。


 基本は静かだが、その静かさからは想像もできない言動が飛び出して来る所を除けば、素直で優しい子だ。


 多分すぐに…ほら、通話がかかってきた。


『皐月、今どうせ学校の近くにいる。学校の近くだったらあそこがいい。前行ったカラオケ』


「えぇー。別にいいけど…美月歌わないじゃんか」


『私は歌ってる皐月を見てその疲れた皐月をぐちょぐちょに出来れば満足』


「歌えよ……まぁ、別にいいけど」


『満更でも無い』


「黙れ。私はもう着く」


 皐月はそう言って通話を切った。仕方無く、たまたま近くにあったカラオケに足を運ぶ。今日はあまり人が多く無い。


 何故かは言わないが、美月とカラオケに行く時には着替えが必要なので今日はちょっぴり乗り気じゃない。帰りにノーパンでスカートで自転車とか、控えめに言って地獄だ。


 隣の空きスペースに自転車を停め、鍵を閉めて入ろうとした所でどこからか胸を鷲掴みにされる。もう慣れた事なので驚かないが。


「…何で毎回光学迷彩まで使って胸を揉んでくるのかな?」


「問題無い。減る物では無いし」


 徐々に光学迷彩がジジジ…と音を立てて解除されて行く。


 そして、長い白髪に透き通る様な白眼で皐月よりも大きいのにわざわざ皐月の前に屈んで胸を揉む人物が居た。


 やはり、美月だった。この子、こんなにも物静かそうな雰囲気をした陰キャ気質の少し大きいだけな可愛い子なのに、何故私の事になるとR18方向にしか向かないのか。


 そんなこんなで、皐月は美月に後ろから抱きつかれながら上から胸を揉まれるがままに店の中に入って行く。今日の帰りはどうしようかとしか考えていなかった。


 今の時代は基本的に機械によって世界が動いている。昔はAIが進歩すれば人間の仕事が無くなる、とか進歩した機械によって人類は滅ぼされる、とか色々あったが、そんな事にはならなかった。



 機械が進歩して増えたなら、管理する仕事を増やせばいい。進歩したのなら、人間がそこに順応すればいい。


 

 そう提唱した科学者が居たが、実際にそうなった。2057年には住めなくなると言われていた所以が、エネルギー問題だ。


 地球上の全ての化石燃料を消費し尽くした人類は水力と風力など、再生可能エネルギーに頼っていた。


 しかしまあ、世界の60億程の人類が生活するエネルギーを供給する事など到底出来なかった。デモ団体は得意気に活動を再開させ、再び世界で収集が着かなくなってきた。


 世界は再びエリア16を頼った。


 原子力の完全制御、宇宙空間での直接変換による従来の30倍程凝縮された太陽光エネルギー、太陽フレアのエネルギー化等…やはりエリア16はその力を世界に示した。


 名実共に、エリア16が世界の重要国になった。各国からその技術力を狙われる事も多くなったが、エリア16には勝てなかった。



 そんなエリアでもこうして安全に暮らせているのは戦争の頃から生き残っている人や、その意志を引き継ぐ優秀な人材がこのエリアを守ってくれているからだ。



「…はぁ。壮大な話なのに、身近な美月が戦力になるなんて思えんだろ」


 5曲程歌い終えた皐月は少し疲れた様子で椅子に座ると、美月がにっこり笑顔で手を絡ませてくる。


「…また全裸散歩して外で野宿する?」


「ごめんあれだけは本当に辞めて欲しい」


「…じゃあ今日はこれだけで許す♡」


 そう言って美月は細長い椅子に皐月を押し倒し、舌舐りをしながら顔を近付ける。もう少しで唇同士がぶつかる。そんな時だった。


 突然、カラオケの屋根が吹き飛んだ。皐月が慌てて上を見れば、見た事も無……くもない怪物が咆哮していた。


「…何だ……いや、それよりも…!」


「………皐月との時間を、邪魔した?」


 美月は自身を見ながら少し慌てる皐月を見て、事の発端となった異形の怪物を見る。美月の目には、明確な殺意があった。


 美月は消し飛んだ屋根によって遮られなくなった天井から壁を超え、皐月の自転車から1本の刀を外す。皐月がちょうど、没収していた刀だ。


 その刀を抜いた所で、後ろから皐月が美月の腕を掴んで止めに入る。


「み、美月!落ち着け!相手は悪気があった訳じゃ…」


「待ってて皐月。すぐ殺してすぐに犯してあげるからね…♡」


「美月!待て……はぁ、これじゃ後で研究所の奴らに怒られるぞ」


 静止の要望も虚しく、美月は怪物に突っ込んで行った。


 2人がこれ程までに慌てていない理由は明確に1つある。それは、化学の進歩による副産物のドーピング剤だ。


 進歩したと言ったが、何も全ていい方向に向かった訳では無い。勿論プラスが大きくなればその分マイナスも大きくなる。


 昔では麻薬の強化版等しか無かった。が、最近では自身の体をキメラに変態させて理性も飛ぶ代わりに莫大な力と快楽が得られる薬が開発された。


 今の、この奴の様に。と、まぁ要するにこういう事は何も珍しく無い。ただ、最近は罰が厳しくなってやる人は少なくなっていたが。余程人生が辛かったらしい。



「…研究所に電話しないとな……てうぉっ……あっ!あいつ、私の愛する自転車を…!」


 急にこちらに向かって斬られた腕が落ちて来たのでそれを難無く避ける。が、そのせいで自転車が使い物にならなくなってしまったので少し悲しくなった。


 美月はもう既に相手の四肢を切断しており、ちょうど現場に到着した研究所の人達に渋々その体を渡した。本当に殺す気だったらしい。


「皐月。続き、しよ?」


「やだ。美月に自転車壊さたし。私もうする気無いんだが」


「………あいつ殺す」


「冗談冗談。さて、帰るか。美月も一緒に帰るだろ?」


 そうして二人は車を手配し、30分程走行させて森の中の家の近くに向かった。車はもう自動運転に設定されているので、案の定車の中でも美月に襲われた。次の人には少し申し訳ない事をした。


 家に着いた二人は、お風呂に入った後にベッドの上で1夜を共に過ごした。朝にもう1回風呂に入る羽目になった。



 そんな日常を過ごしていたのだが、ちょうどそのくらいから、世界は変わって行った。

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