第一章 つめたい、あたたかい、こわい
「おはよう!澪ちゃん!よく眠れた?」
朝、眠っていると昨日の男とは違う人が来た。
優しそうなお姉さんだった。
「あ、ごめんねびっくりしたよね〜私あかり!よろしくね〜今日はお注射してしばらく様子見だから昨日みたいな痛いのはあんまりないと思うよ〜」
そして、ぷちぷちと寝間着を手際よく剥がして、動きやすそうな服を着せていった。
やっぱり慣れているのだろうか、話しながらもテキパキと着替えさせていた。
「じゃあ、まずご飯いこうか」
そして連れられた場所には同い年くらいの子がたくさんいて、どの子も隣に大人の人がいた。
恐らく職員だろう。
そしてそのうちの席に座り、女の人――あかりさんも隣に座った。
ぱくり、とご飯を放り込むと仄かな香りが口の中に燻り、そしてとても美味しかった。
「ん〜〜〜〜〜っ♡」
あまりにも美味しくて頬が本当に落ちてしまいそうだった。
上からくすり、と笑い声が聞こえて、見るとあかりさんがくすくす笑いながら
「美味しそうに食べるね澪ちゃんって」
と言った。
「お前、よく呑気に食えるな…これからジッケンあるのに」
と前の席の子が呆れたように言った。
刹那。
ベチン、と音がして「い゙っ!?」と前の席の子が言った。
「こら。研究対象同士の話は禁止です!」
とその子の隣にいた如何にも〝マダム〟みたいな人が言った。
「はぁい」
と前の席の子は口を尖らせて言った。
■
ご飯が終わり、あかりさんと一室に入った。
「えー、っと」
かちゃかちゃと注射とか、お薬が入ったところをあかりさんが探していた。
「あっあった〜〜〜〜!」
ぱぁ、と花が咲いたように笑った。
「じゃあ、左腕失礼するね〜〜」
ちくり、と痛みがし、それからぺたりと絆創膏を貼られた。
■
――数分後
「そろそろかな。」
微笑を崩さずに、私は澪ちゃんの方を見た。
目はどろりととけていて、意識はほぼ無いと言っても過言ではないだろう。
さっきの純粋な表情にこれからすることを考え憂鬱な気分になったのも、良心が痛んだのも内緒。
でも、せめて。
この子が嫌な気持ちにならないように意識を奪った状態でやるのだ。
学校で薬学を取っていてよかった。
「汝、天穹に座す純白の理よ。
我が声は祈りにあらず、ただ真なる光を乞う呼気なり。
眠りし輝きよ、今ここに名を刻め。
闇を拒み、影を討つ刃となりて我が掌へ降り立て。
汝ら無垢の粒子よ、束ね、震わせ、鋭き閃光を形作れ!」
澪ちゃんの手から光が輝き、用意していたコンクリートを貫通した。
「わ、」
これが当たったら私はひとたまりもないだろうな、と温度の下がった思考でそんなことを考えていた。
まぁ、今日のタスクは終わりだし、何はともあれ良かった。
ぽん、と肩に手を触れると光は次第に収束していった。
私はあかり。
由緒正しい花宮家の三女。
そしてこれは、花宮家の家系魔法、魔法無効化。
ごめんね、母さん、父さん、姉さん。
こんなことに使っちゃって。
■
「…ん、」
目が覚めると椅子のようなものに横になっていた。
あかりさんが慌てたように来て言った。
「あっ、澪ちゃん起きた!気分はどう?体調は?」
訳がわからず、えっと…と言うとあかりさんは注射したあと気を失ってたんだよと言った。
注射の副作用だろうか、そういえばワクチンの副作用とかも重めだったな、とか考えながら「大丈夫です」
と言った。あかりさんはほ、と胸を撫で下ろし
「今日はこれで終わりだからショッピングにでも行こうか!」
と華やいだ笑顔で言った。
しょっぴんぐ。
しょっぴんぐってなんだろう。
尋ねると、あかりさんはびっくりしたように目を丸くし、そしてにんまりと笑みを深くさせ「内緒!」と言った。
■
「わぁっ!」
大きな建物にいろんなお店があって、洋服や遊戯機械だったりいっぱいあった。
そしてご飯を食べて、お洋服をみて回って、おそろいの寝間着を買ったり、
いっぱいお買い物をして、映画もみたり、とにかく満喫した。
「あ、澪ちゃん、もうそろ夕飯だし、帰ろうか。」
「うん、」
寂しいけど頷いた。
「あかりちゃん、明日もあかりちゃんくる?」
「え〜〜?わからないなぁ、明日の会議で決まるから…」
あかりちゃんはふふ、と微笑んで言った。
自惚れでなければ、満更でもなさそうだった。
ふふ、と笑い合いながら帰った。
■
あかりちゃんとお話をして、夕飯を食べて、小さな女子会をして、それで幸せな気持ちで眠りについた。
明日はあかりちゃんくるかな、きたらいいな。
それで、お話をして――。
『なに浮かれてるの?明日も実験あるでしょ』
ふと、誰かが話しかけてきた。
横を見るけど誰もいない。
「…?、」
あかりちゃんはいい人だと思う。
周りの大人みたいに番号で呼ばない。
他の子にも名前で呼んでいた。
数十、いや数百いる子供ひとりひとり覚えててすごいな、と思った。
あした、いっぱいお話したいな。
実験、やだな。
また、昨日みたいに痛いのだったら、って思うと怖いの。
■
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