好きになった先輩にグイグイいったらただの変わり者だったけど、ある日突然付き合う事になった話

タビサキ リョジン

好きになった先輩にグイグイいったらただの変わり者だったけど、ある日突然付き合う事になった話

先輩の事を好きになって、もう1年くらい経つ。



どうやって好きになったのかはもう覚えていない。

特に飲み会で仲良くなったとか、上司に怒られているところをかばわれたとか、仕事のミスを肩代わりしてくれたとか、そういう劇的な話は何一つなかった。


思い当たる節があるとするなら、彼は私に話しかける事を避けているようにみえた。と言う事だ。



高校生の頃に一人だけ『お付き合い』した事がある。

割りとガツガツくるタイプで、別に嫌いでもなかったから付き合ったのだけど、結局好きだかなんだかよくわからないうちに別れた。



友達は「だんだん好きになるよ」とか「ヤッてから好きになるとか普通にあるから」なんていっていたけど、結局そういう事もなく、嫌になるだけで終わった。



人を好きにはなりたかったけど、『面倒くさい女』になるのは嫌だったし、『私』を大事にしてくれてる訳じゃない事もわかってしまった。



執拗に身体を求められるのも鬱陶しかったし、付き合いだしたらなんだか『俺のもの』感を出して、私の事を気にかけてこなくなったのにも冷めたし、私と付き合っている事を公言せずに、他の女の子にもアプローチをかけている感じなのにも呆れたし。


だから、グイグイ来るタイプの男の人が苦手になった。


でも就職した会社は、どちらかというと女性の割合が低くて、特に私の配属された部署に女性は私しかいなかったので、そのせいか男子社員の圧が凄かったんだ。


だから私は、サバサバした後輩を演じて、そのアプローチをいなしつづけた。



しかし、その中で、私から距離をとろうとしている人がいる事に気がついた。


それが先輩だ。


みんなが私と話したがり、プライベートな事を知ろうとしたし、食事や飲みにもたくさん誘われた。


でもそれを一切しない先輩の事が最初は少し気になった。


もしかして嫌われているのかな?とも思ったけど、特になにかをした記憶もないし、話しかければ笑顔で答えてくれる。


それでいてけっして踏み込んでくることがない。


押してくるわけでも拒絶してくるわけでもない……、思い返せばこのころには私の気持ちは既に恋になりかけていたのかもしれない。


その後、だんだんと私も仕事を任せて貰えるようになり、ある時、そのフォローとして先輩がついてくれる事になった。



チャンスだと思ったものだった。



しかし、先輩は相変わらず節度を守り、しっかりフォローはしてくれるけど、プライベートに踏み込んでくることはない。


だから私は頑張った。



少しずつ彼に話しかけ、仕事の話に少しだけプライベートの話を混ぜた。

相談があると言って昼食を一緒にとり、会社帰りにたまに一緒に夕食をとるまでになった。


その頃には、私の恋心はもう誤魔化しのできないものになっていて、先輩の事が好きなんだと、そうはっきりいえるようになっていた。


でも。


これは本当の『好き』なんだろうかという疑問は消えなかった。


だからなのか、



結論から言えば、私は間違えた。


最初は真面目な後輩として、そして恋心を自覚してからも、話しかけられやすいように、自分から話しかけてもおかしくないように、意識して後輩のポジションをとり続けた結果として、そういう色っぽい話がいまさらできなくなってしまった。


それになんというか、先輩は少し変わり者だったのだ。





ある時、会社のサーバーがダウンして、研究部署だった私たちの部が急に休みになった。


幸い復旧の見通しは立っており、データそのものに損壊はないという。プロジェクトも一段落した段階だったし、ただアクセスできないというだけで、大きな問題はないそうだ。


ただ、部署としての業務は進められないので、丸一日休みになった。


土日に接していたので、エンジニアの人たちは地獄だろうけど、私たちにとっては不意に湧いた急な3連休だ。



そうして迎えた休みの三日目。

私は我慢できずに先輩の番号を思わずタップしていた。



先輩はいつもの笑顔でやってきた。


喫茶店に入って、いつものように雑談をする。

先輩はいつものように聞いてくれた。


先輩と話していると、いつもあっという間に時間が経つ。

彼はそれほど饒舌というわけではないのだが、私が本気で落ち込んでいると、驚くほど真剣に、沢山の言葉をつかって、私を慰めてくれるのだ。



そんな彼の顔を知っているのは、あの会社に何人くらいいるのだろう。


私以外にも、こんなに真剣に言葉を尽くす相手がいるのかな。

もしそうだったら、ちょっと嫌だな。


そんな事を考えながら、何という事もない話をしていると、喫茶店に呼びだしてから、すでに2時間が経っていた。


ああ……、時間が経つのが早すぎる。

それでも私の口が止まる事はなかった。だって次から次へと話したい事が思いつくのだ。




「いやー、でも三日も休みが続くとなにしていいかわかんないですね?」

「そう?」

「そうですよ。映画みても外食いっても、三日も続けられないでしょ?精々旅行いくくらいだけど、世間が休みだと混みますからねー。折角の休みに疲れにいくのなんか勘弁ですし」


「まあわからんでもないな」


先輩はなぜだか真剣な顔をして頷いている。


「ちなみに先輩だったら、どこ行きたいとかあります?」

「んー、三日くらいじゃどこにも行けなくない?」

「なにいってるんです?三日あれば二泊三日はできるじゃないですか」

「いやー、まず、どこ行こっかなーって一日考えるだろ?そんで準備して、行って、帰ってきて、片づけしてからも丸一日は休みたいじゃん?二泊三日の旅行行くなら1週間は休み欲しくない?」

「先輩がおじさんだってこと忘れてました」


呆れたように呟く私に、ははは、と楽しそうに笑う先輩。

なんでバカにされてるのに笑ってるんだろう。


「んじゃ、先輩はこの二日間なにしてたんですか?可愛い後輩から連絡が来るまで」


ふむ……、と少し考えるフリをした後、先輩はこう答えた。


「溜まった洗濯して、掃除して、あとは銀行行ったりとか?あ、買い物もいったな」

「いや、そういう、日常の雑事じゃなくて、暇な時間をどうすごしたかって事ですよ」


先輩とどこかに行く時、いつも私が誘う。

まあ暇な時間に耐えられなくなるのが私だというだけの話なんだけど、先輩から誘われた事がないのは少しだけずるいと思う。


いや、まあ、それがずるいと言える関係性では全然ないんだけど……。


この人は一体、普段なにして過ごしているんだろう。


「まあ、本を読んだり……本を読んだりとかかな。散歩もするよ」


「隠居したおじいちゃんみたいですね」

「でも、ゆっくりと自分が身体をどう動かしているのかを感じながら歩くのは結構いいものだよ。ゆっくりと景色や風の匂いを感じるんだ」

「ああ、なんか最近、意識高い系の人たちで歩く瞑想?ってのが流行ってるらしいですね」

「そうなの?昔からやってたから、そんなつもりはないけど……。フォックスウォークっていうんだ。後はトレーニングとかかな」

「筋トレとかですか?」

「いや、そんな負荷かけないよ、まあこれも、どう動いてるか意識しながら身体をうごかすんだ。まあ傍目にみたら、なんかモゾモゾしてるようにしかみえないよ」


そういって、先輩は照れたように笑う。

ああ、そういえば、空手?みたいな事を昔やってたと聞いた事がある。


興味がなかったので今の今まで忘れていた。


先輩の知らない面を知れたのは嬉しかったけど、昔聞いていたはずの事を忘れていた事が少し恥ずかしかった。


だから、私はつい大きな声をだして茶化してしまうのだ。


「えー!せっかくの休みなのに先輩そんな過ごし方してるんですか?それってなんかつまんないですね!」


あーあ、こういう私嫌い。

ノリのいい人だったら笑ってくれるけど、先輩はどうだかわかんない。

笑ってくれたりはきっとしないだろうけど、嫌ったりもしないとは思う。

……思うけど……ちょっと不安だな。


笑顔のまま急にどっかに行きそう。


そういう雰囲気がこの人にはある。


こんなつまんない事でウジウジするのも嫌なんだけどな。


でも先輩は、相変わらずの先輩クオリティのまま、思いもよらない返事をよこした。



「そうなんだね」



そうなんだね……って、どういう意味?


「え?」

「ん?」

「なんか……、思ってた反応と違ったです」

「どういう反応がくると思ってたの?」


「どういうって……、普通そういう時は、『これがわからないなんて詰まらないやつだな』ってバカにするか、『なにいってんだ面白いだろ!』とかって言って、面白さを語るところじゃないですか?『そうなんだね』ってどういうことですか?」


「僕が楽しいことをつまらないと思う人がいてもいいし、それを強要する気もないもん」


それはそう。それはとても立派な考え方だとは思うけど……。


やっぱなんかちょっとモヤモヤするな。


「わたしなんかどうでもいいってことですか?」



あ、いまのはちょっと『面倒くさい女』っぽかったかもしれない。



「興味はあるよ。だから『この子はそうなんだなー』と思ったんじゃん」


「う……、でも興味があるなら、『自分と同じことに興味持って欲しい』とか思わないんですか?わたしは思いますけど!」


「あんま思わないかな、同じ話で盛り上がれたら楽しいけど。僕の知らない世界を教えてもらうのも楽しいし」


確かに。


確かにそれはそうだし、わたしだって先輩に色々知らない事を教えて貰っているし、それはとっても楽しい事だったんだけど……。


怖い。なんだかモヤモヤする。


もし、私が先輩の事を好きじゃなかったら、いまのは『すごいですね』で終わらせられる話だ。


人間として普通に尊敬できる。それはそう思う。うん、カッコいい。


でも……


先輩は私に、『私自身に』興味がないんだろうか。

知らない世界を教えるのは何も私じゃなくてもいい……。


今度こそ私は、自分が一番嫌っていた『面倒臭い女』になっていること自覚していた。


でも、先輩は私のそんな鬱屈を、なんでもないように打ち壊す。


片手間に笑顔で世界を壊す。


「君が興味持っていることなら知りたいさ。だって君のことがそれだけ知れるだろう?」



息が止まった気がする。いや、気がするじゃなくて止まってた。


顔が赤くなったのは息が止まったせいだ。そうに違いない。


なにか、言わなくちゃ。なにか気の利いたことを。



「そんなの……、もう愛の告白じゃないですか」




なにそれ。


私は激しく後悔した。


迂闊にも、それしか言葉が出てこなかった。

混乱していたし動揺もしてた。


長らくの沈黙の後ようやく出た言葉がそれ。


先輩は少し眩しそうに目を細めて、カップを口につけコーヒーを一口飲む。


少しだけ熱そうに顔をしかめるその仕草に口元が緩みそうになった。



でも、次の言葉を聞いた時に私の世界はとうとう壊れた。完膚無きまで木っ端微塵に。



ゆっくりとカップを置いた先輩は、照れもせずにこう言ったのだ。



「そのつもりだったけど?」





ずるい。



ずるい、ずるいずるいずるいずるい。



少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす先輩がずるい。

それでいて落ち着いて私の言葉を待つ先輩がずるい。

NOの言葉をもらうかもと思いもしていない先輩がずるい。



「僕だって、普段の君の様子を見て、何も気が付かないほど鈍感じゃないさ」


そう言って優しく笑う。


「先輩は自惚れ屋さんですね」

「あれ、もしかして僕の勘違いだった?恥ずかし」




「……勘違いじゃないですけど」


少しの沈黙の後、私はそう言った。


先輩も少し黙った後


「よかった」


と、それだけ言った。



その後はお互いに無言のまま時間が過ぎる。

もっと確かめたい気持ちもあったけど、それをすると何かが壊れてしまいそうで、怖くて口に出せなくなった。


これ、ちゃんと彼氏、彼女になれたって事なのかな?


彼氏ってこんな風にできるものだっけ?


なんかもっとこう、ロマンティックだったり、ドラマティックだったりするもんじゃないの?


今までの『お付き合い』なんか子供の遊びみたいなものだったし、それを求めて私に声をかけてくるのは、最初からぐいぐいくる人ばっかりで、正直苦手だった。


そう気づいたのも最近のことだったけど。


だから、私は、彼氏の作り方なんか履修してないのだ。


え?ほんとに?間違ってたら有給全部使う勢いで休みたいですけど?


「じゃ、出ようか」


そう言って先輩が立ち上がる。


終わり?


幸福の絶頂にあるはずなのに、同じくらいの不安が私を押し流そうとする。


このまま終わり?またいつもと同じ先輩と後輩に戻るの?


そう思うと私はすぐに立ち上がることができない。


でもそんな顔を見せるのも嫌だ。私はいつものように笑顔を浮かべ


「ですね」


と、立ち上がる。


レシートを先輩がさりげなく掴む。


レジで会計をする時に、珍しく彼が全部払った。


どんなに小さい金額も割り勘にするのが、今までの私たちだったから。


「あれ、先輩、私も払いますよ?いくらでした?」


そうしたら、またこの人は恥ずかしそうな笑顔で私の世界を壊すのだ。


「いや、今回は払わせてよ。彼氏になったのに最初のデートで女の子に払わせたなんて知られたら、また何を言われるかわからない」


私はさぞかし間抜けなポカンとした顔をしていたに違いない。


なのに世界は彩を取り戻し、みたこともないような鮮やかな色彩を持って私の前に現れた。


私は先輩の腕を両手で抱きしめながら言う。


「もぅー、しょうがないですねぇ!今回だけですよ!」


「それ、セリフおかしくない?」


私たちは、同時に吹き出た。


これから新しい関係を築いていく、そしてそれはきっとより良いものになる。


『好き』がわからないままでも、きっとお互いを理解したくてしかたないまま、楽しく過ごす事ができるだろう。


多分先輩とならそれができる。


二羽の鳥が小さく鳴きながら、私たちの上を横切って飛んだ。


私にはそれが、とても幸せな祝福だと思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

好きになった先輩にグイグイいったらただの変わり者だったけど、ある日突然付き合う事になった話 タビサキ リョジン @ryojin28

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画