2_05_無双するウィンストンとサイラス
深夜、魔導列車グランド・クロスの最奥部。
華やかな客室エリアとは打って変わり、そこは冷たい金属と油の匂いが漂う、無機質な空間だった。
一般客の立ち入りが禁じられた整備用通路。
薄暗い魔導ランプの明かりだけが頼りのその場所を、2つの影が音もなく進んでいた。足音はもちろん、衣擦れの音さえさせない。
「……やはり、警備は厳重ですね」
後方の影から、低い声が囁く。
作業着姿のサイラスだ。昼間の荷物係としての砕けた態度は鳴りを潜め、特務部の鋭く真面目な表情に戻っている。
「ええ。ドワーフの巡回ルートは頭に入っていますが、問題はあちらです」
先頭を進む老紳士――ウィンストンが、角の陰から様子を窺う。
貨物室へと続く重厚な扉の前には、二人の兵士が立っていた。
片方は帝国の正規軍の軍服を着ているが、その立ち姿には一分の隙もない。腰に帯びた剣へ手が掛かっており、鋭い視線を油断なく通路に向けている。
「帝国兵に紛れたナハトヴォルフ……。副長官の情報通り、一般兵とは纏っている気配が違いますな」
「どうします、ウィンストン殿。正面からやり合えば、音でドワーフたちにも気づかれます」
「手早く済ませましょう」
ウィンストンは優雅な手つきで懐から数本の細い針を取り出した。針先には、即効性の麻酔薬が塗布されている。
「――失礼」
老紳士の手首が、霞むほどの速さで振られた。
ヒュッ、と風を切る微かな音。それは列車の走行音にかき消され、誰の耳にも届かない。
次の瞬間、扉の前に立っていた二人の兵士が、同時に首筋を押さえて硬直した。
一人は驚愕に目を見開き、もう一人は剣を抜こうとしたが、指先に力が入らない。声を発する間もなく、白目を剥いて崩れ落ちていく。
倒れる体が床にぶつかる直前、ウィンストンとサイラスが滑り込み、それぞれの体を無音で受け止めた。
「さすがにナハトヴォルフの奴は一瞬反応してましたね」
サイラスが男を見下ろす。首筋に針が刺さっているにも関わらず、最後の瞬間に受け身を取ろうとした痕跡があった。
「ええ、侮れないですね」
気絶した兵士を物陰に隠し、ウィンストンとサイラスは鍵開けの魔道具を使って重厚な扉のロックを解除する。
複雑な魔力認証と物理錠の二重ロックだが、特務部の彼らにかかれば数秒の時間稼ぎにしかならない。
カチャリ、と小さな解錠音が響く。油切れの蝶番が軋む音をさせないよう、慎重に扉を開くと――。
そこには、異様な光景が広がっていた。
特級貨物室と呼ばれる広めの空間を、2つの巨大な鉄塊が圧迫していた。大人の背丈の三倍はあるだろうか。
黒い金属で覆われた円筒形の装置。その表面には血管のように赤い魔力光が脈打ち、低く唸るような駆動音を響かせている。
「こいつが……新型魔導兵器の動力炉、コアですか」
サイラスが息を呑む。ただそこにあるだけで、肌がピリピリとするほどの高密度の魔力を放出している。まるで巨大な心臓が鼓動しているようだ。
これを搭載した兵器が戦場に現れれば、どれほどの脅威になるか、元騎士の彼には痛いほど理解できた。
「ホルン用とベイル用、二基揃っていますね。……おや」
ウィンストンが視線を巡らせる。貨物室の奥、動力炉の陰に、数名の人影が見えた。
整備士の服や帝国兵の軍服を着ているが、ナハトヴォルフの工作員たちだ。彼らは動力炉の計器をチェックしながら、小声で何かを話し合っている。
「……出力安定。到着まであと二時間」
「隊長からの指示だ。到着後のデモンストレーションで不備がないよう、綿密にチェックしておけ」
サイラスとウィンストンは顔を見合わせる。
「数は四名です」
「行きましょう」
合図と共に、2つの影が飛び出した。
「誰だ!」
気配に気づいた工作員が振り返るが、遅い。
サイラスの剛腕が、一番近くにいた男の顔面を鷲掴みにし、そのまま床に叩きつける。
ゴッ!!
鈍い音が響くが、動力炉の駆動音がかき消してくれる。
残る三人が瞬時に反応し武器を抜く。
だが、彼らが構えるよりも早く、ウィンストンが投じたナイフが男の手首を正確に貫いた。
「ぐあッ!?」
「お静かに」
ウィンストンは滑るように間合いを詰め、怯んだ男の顎を掌底で打ち抜く。脳を揺らされた男は、糸が切れたように崩れ落ちた。
残る二人がサイラスに向かう。鋭い刺突剣が左右から襲いかかるが、彼にとって、狭い場所での近接格闘は得意分野だ。
突き出された剣を素手で捌き、懐に入り込んで鳩尾に膝を叩き込む。
くの字に折れ曲がった男の首筋に手刀を落とし、意識を刈り取る。
数十秒後。
再び静寂が戻った貨物室には、意識を失った工作員たちが転がっていた。
「……ふぅ。制圧完了です」
サイラスとウィンストンが服の乱れを直す。
「お見事です。では最後の仕事に取り掛かりましょう」
ウィンストンは動力炉の制御盤に近づき、懐から特殊な工具とイヴから渡された小さな魔石を取り出した。
制御盤のカバーを外し、複雑怪奇な魔導回路を露出させる。
「イヴ殿の分析によれば、この冷却術式の循環パイプ……ここですね。ここに、魔力の逆流を引き起こす異物を仕込みます」
老紳士の手先は、時計職人のように繊細だった。
数ミリ単位の作業で回路の一部を書き換え、魔石を埋め込む。
「これでよし。大きな魔力爆発を起こすことなく破壊できます」
「……お、魔力放出が止まりましたね」
「ええ。赤い魔力光も止まっていますね。すぐにもう一基にも同じ処置を施しましょう」
手早く二基目の工作を終えた頃、通路の向こうから金属の足音が近づいてきた。ドワーフの巡回だ。
「時間切れですね。撤収しましょう」
「気絶してるこいつらはどうしますか?」
サイラスが転がっているナハトヴォルフたちを指す。
「生け捕りに成功したので、副長官の指示通り縛って置いておきましょう」
「了解です。ですが、それだけでは客室の方にいる連中への陽動には弱くないですか?」
「おっと、そうでした」
ウィンストンは悪戯っぽく微笑むと、倒れている工作員一人の懐から、通信用の魔力共鳴石を抜き取った。
彼は共鳴石を握りしめ、断続的に魔力を流し込んだ。
「短かく2回、長く1回……帝国軍の救援要請のリズムです。これを見れば、客室にいる彼らの仲間は貨物室で緊急事態が起きたと判断し、慌てて確認に来るでしょう。うまくいけば隊長格もおびき出せる可能性もあります」
「なるほど。ではさっさと縛り上げたこいつらを置きに行きますか」
「そういうことです」
二人は影のように貨物室を抜け出し、再び整備用通路へと姿を消した。
破壊工作は完了。
賽は投げられ、敵の注意は貨物室へと引きつけられた。
あとは、華やかな客室で待つ二人の女性が、その手腕を発揮するだけだ。
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