微妙な距離の午後

綱島未空人

無意味な頷きの午後

短編:会議室の午後


午後の会議室は、妙に静かだった。

窓の外では春の日差しが柔らかく差し込み、廊下を歩く人々の足音がかすかに響く。

僕は資料を開き、予定通り議題に目を通す。


「では、今期の売上について報告します」

部長が立ち上がった。僕は資料のグラフに目を落としながらうなずく。

すると、隣の佐藤課長が突然口を開く。


「いやー、昨日のドラマ、面白かったですよね」


会議室中が静まり返る。

え、今会議中ですよね…?と思うが、課長はにこにこしながらグラスに置かれた水を飲む。

部長も、眉を少し動かしただけで何も言わない。


僕は仕方なく笑顔でうなずく。

「そうですね、意外な展開でしたね…」

課長は満足そうに笑い、話を続ける。

「いやー、まさかあのキャラクターが最後に…」


会議は結局、売上も戦略もほとんど話されず、ドラマ談義で終わった。

資料のグラフは無意味に机に置かれたまま。

僕は椅子に深く座り込み、窓の外をぼんやり眺める。


帰り際、課長が小声で言った。

「いやー、今日も有意義だったな」

僕は微妙に笑いながら、心の中でつぶやく。

(有意義…なのか…?)


その夜、家に帰った僕は、ふと会議中の自分を思い出した。

「いや、俺は一体何をしていたんだろう」

グラフを見ながらうなずいていた自分。

話の内容に関係なく、頷くことで存在感を示すだけの午後。


人生の大半は、こうした無意味な頷きで成り立っているのかもしれない。

窓の外に浮かぶ夜景を見ながら、僕は小さく笑った。

そして、次の会議に備えて、少しだけ資料を丁寧に揃えた。

(次もまた、無意味な頷きの午後になるのだろうな…)

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