【女性主人公】剣聖のレクイエム

雨宮 徹

第1話 剣聖、未だ眠れず

「奥義、終曲フィナーレ



 目を閉じていても、無数の刃がドラゴンを切り刻んでいるのがわかった。剣を通して伝わる確かな感触、風を裂く斬撃音、そして、血と鉄の生臭い匂い。



 私が目を開けた瞬間、眼前の巨大なドラゴンの四肢は千切れ飛び、肉塊となって弾けた。王都を襲う全ての災厄を断ち斬る。それが、五代目剣聖たる私の使命。



 今の剣戟けんげきを見せれば、愛弟子トライゾンも解き放たれるはず。「強さへの渇望」という名の、底なしの業から。



「師匠。まさしく華麗な一閃。奥義、この目に焼き付けましたよ」



 真後ろから、少し熱を帯びた声が聞こえた。そして、私の胸を何かが冷たく貫いた。溢れ出る、温く赤い液体。振り返ると、そこに愛弟子の姿があった。手に握る剣からは、血が滴っている。



「あなたの奥義には弱点がある。感覚を重視しすぎて、目を閉じる。確かに合理的だ。だが……私の前で披露するべきじゃなかった」



 私の剣技をもってしても、トライゾンを深淵から呼び戻すことはできなかったのか。剣は、人の心を揺り動かし、導くものだと信じてきた。幼き日の私がそうだったように。



 両親を魔物に奪われた時、仇を討ってくれたのは、通りすがりの剣士だった。彼女の一閃は、魔物が存在しなかったかのように辺りを無に帰した。私は、二度と悲しみが生まれないようにと、剣術を必死に修めた。剣聖と呼ばれるようになったが、憧れの剣士像には程遠かった。理想の剣士となるために、魂として彷徨い、憑依することを幾度となく繰り返した。



 初代剣聖だけではない。五代目に至るまで、剣聖はすべて私の憑依体だった。そして、奥義 終曲フィナーレを編み出した。最終奥義である鎮魂歌レクイエム完成の道半ばで命を落とすのなら、次の憑依体を見つけるまで。



 そして、あの子を諌めなければ、王国は滅びに向かう。若き女王は、前王の「何かあれば剣聖を頼れ」という遺言に従っている。六代目の剣聖は間違いなくトライゾンだ。女王が傀儡になるのは目に見えている。



 国を守るため、そして、剣術を極めるため。私は、次の憑依先を見つけなければならない。ちょうど、あそこに女剣士がいる。憑依するのには、うってつけだ。



 さて、六度目の人生を始めようじゃないか。

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