最終話 霜氷さんの日記?
◆12月1日(月)◆
クラスメイトの冬海くんが、私の後をついてくるようになってから1ヶ月経った。授業中も隣の席から視線を感じることがある。気づかれないようになのか、肘をついて取り繕っているのがまた面白い。急に私のことが気になっているように見えるのは、何かあったのかな?
牧原先生が冬海くんを呼んでいる。彼は慌てて立ち上がると、机に足がかかって豪快に転んだ。一瞬心配した後に、彼はすぐに立ち上がった。誰に言うわけでもないのに「転んでません」という顔。おかしくて思わず笑ってしまった。聞こえていないといいな。
◆12月2日(火)◆
定期試験2日目。冬海くんは昼の食堂で1人カップうどんを啜っている。1人で何か考えこんでいるけど、十中八九勉強じゃない。私は気づかれないような位置に座ると彼を観察する。時折頷いたり、悩んだり。かわいい。
私は冬海くんが好き。その片想い歴は長く、かれこれ10年以上。きっかけは小学生のとき。放課後、忘れ物をした私は教室に向かった。ドアに手をかけた時、中から話し声が聞こえた。
「俺は中山かな!」
「そうかあ?俺は藍原」
男子が好きな子や気になる子を言い合っているみたい。中山さんも藍原さんもクラス人気を二分する可愛い子だ。
「俺は高坂だな」
次々に男子が好みを発表する。他には次点の高坂さんが人気らしい。ショートカットのスポーツが得意な子だ。
「冬海は?」
「俺は霜氷さん」
どくんっと心臓が跳ねた。まさか自分の名前が出るなんて思ってなかった。急に頭が沸騰して顔が赤くなる。
「霜氷?」
その場の男子も予想外だったらしい。
「うん。かわいいし、優しいし——」
そこからは聞いていられなかった。弾かれたようにドアから離れると一目散に家に帰った。そこからだ。彼を意識するようになったのは。
◆12月3日(水)◆
通学時間の冬海くん。今日は何やらスマホに熱心に打ち込んでいる。テスト勉強ではなさそう。何か悩んだり、首を捻ったり、にやけたり。見ているだけで面白い。冬海くんを箱庭に入れたら楽しそう。
電車を降りて、学校へ向かう冬海くんの後を追う。時折、キョロキョロしている。私を探しているのかも。嬉しくなって、下駄箱の辺りで見つかることにした。冬海くんが顔を上げると、目が合う位置に移動して挨拶。すごく驚いた顔をしている。この顔だけで今日は大満足。
が。
せっかく一緒になったのに、冬海くん《ヘタレ》は教室に向かう途中に話しかけてくれない。
ずるい。
私はこんなにアピールしてるのに。
◆12月5日(金)◆
放課後、冬海くんがついてくるのがわかって昇降口の近くに隠れた。彼はきょろきょろと見渡した後、がっかりしている。立ち上がって彼が振り返れば見える位置まで移動したのに、走って行ってしまった。私も慌てて後を追う。
いない?―――と、近くのコンビニから出てくる冬海くん。パンを片手にスマホを見ているようだ。しばらくして、反対側からクラスの女子が数人、冬海くんの傍を通った。
あれ?
千智ちゃんが話しかけている。話しかけられてうれしそうだ。私は我慢できなくなって近づいた。
どうやら遊びに誘われていたらしい。油断も隙もあったもんじゃない。でもよかった、行く気がなくて。安心した私は二人になると帰ることを告げた。
一緒に帰ろって、食べかけのパンなんて仕舞って言ってくれたら嬉しかったのに。
◆12月7日(日)◆
今日は冬海くんが好きなバンドの新曲リリース日。ほぼ間違いなく、買い物に出るはず。そう思って、最寄りの駅で待っていたら彼は現れた。先回りして店に入ると2枚入荷されている内の1枚を購入して、彼を待ち受ける。
ほどなく彼は入店してコーナーでCDを手に取った。私は真横に立つと話しかけた。
ふふ。やっぱり驚いてる。好きなの?って。冬海くんが好きなものは全部好きなのに。
あらかじめ買っておいたCDを見せると、冬海くんは見たことないくらい楽しそうに話をしてくれた。思えばこれだけ長く話したのは初めて。優しかった。
お礼にあるものを渡した。ツアー限定のタグキーホルダー。お揃いだけど、ちょっとした仕掛けもしてある。冬海くんは受け取ると大切にリュックの内ポケットにしまった。
買い物が済むとこの後の予定を聞く。帰るだけらしい。私も予定がないことを告げる。もう少し話したいって期待を込めて。誘ってくれないかな?
でも、ちらちらとこちらを見るだけでなーんにもない。話しかけても上の空。駅についてしまうと私は仕方なくホームへ。反対のホームにいる冬海さんが見えた。
ばか。
〈またね〉
手を小さく振ると冬海くんが手を振りかえしてくれる。それだけで少し、気が晴れていく。私もばか。
◆12月8日(月)◆
翌日。冬海くんから話しかけられるのを待っていたのに、ようやく来たのは昼休みになってから。
ちょっとだけ淡白な返事。いじわるをしてしまう。困ったような顔の冬海くんはとぼとぼと去っていく。悪いことしちゃった。友達とお昼を食べながらそんなことを思う。
昼休みの終わり。冬海くんと目が合った。焼きそばパン好きなの?って。もちろん好きだよ。君が好きでしょ?
ついでに駅前のパン屋さんに誘ってみる。明日来てくれるといいな。
◆12月9日(火)◆
朝、駅で冬海くんを待っているといつもより30分は早い時間に現れた。パン屋に向かうみたい。冬海くんが注文を終えたのをめがけて入店。そのあと、一緒に学校へ並んで向かう。一緒に初登校。
何であのパン屋さんに行ってるのかって?それはとっても美味しそうにここのパンを食べる君を見たから。
本当はお弁当を作ってあげたい。でも―――
◆12月12日(金)◆
彼は連日パン屋さんに行くようになった。毎日彼のことは見ているけれど、隔日で行くことにしている。毎日行けば一緒に登校できる。でも、ちょっと恥ずかしい。
登校中の話題は冬休み、クリスマス。彼は予定もなければ彼女もいないと。それは私にとってはこの上ないニュースだけど―――
予定がないことを伝えて、もしかして誘ってくれる?そう思った期待はあっさりと。
「か、彼氏とかいるの?」「何か欲しいものあるの?」
がっかり。彼氏?いないよ。欲しいもの??そんなの。
「欲しいもの、あるよ」
冬海くんだったら簡単に手に入れられるもの。
「俺でよければ協力するけど」
じゃあ、してもらおうじゃないの。覚悟してね。
◆12月14日(日)◆
作戦決行日。
週末買い物に行く。そう、遊びの誘いを断るとき、冬海くんが聞いているのをしっかりと確認した。これで、間違いなく彼は来るはず。
お母さんと買い物を終えると、駅前で彼を捕まえた。すごくびっくりしている。これからもっと驚くのに。
一緒に駅へ向かいながら、お母さんが戻るまで時間をつぶすことにした。彼に似合いそうなカーディガン。事前に見つけておいたものだ。
ほんと、よく似合ってるね。
駅まで戻ると計算通り、お母さんと冬海くんが遭遇する。
「つばき。何よ、彼氏と合流するなら教えてくれればいいのに」
「彼氏と一緒」なんていい響き。そう、お母さんには冬海くんを紹介してある。彼氏になるのだし、結婚もするからちょっと先立ったところで問題ない。事実になるんだもの。写真のところはちょっとだけ誤算。このあとたっぷり見せてあげるから、ね。
有無を言わせないお母さん。うちに招待することに大成功。あとは私が決めるだけ。
◆◆◆◆
「お茶入れてくるから、好きにくつろいでね」
冬海くんを一人部屋に残すと、私はキッチンへ戻る。ちょうどお母さんがコートを着なおすところだった。
「あれ、お母さん買い物行くの?」
「ええ。買い忘れがあって」
見送ったあと、そっと自室のドアを薄く開ける。落ち着かない様子の冬海くん、ベッドをじっと見つめている。と、例の私が作った
そして、写真を見て、アルバムを見て――――あ、驚いてる驚いてる。
「霜氷さん、あんまり写ってない?」
そうだよ、だってそれはあなたのアルバムだもの。
「何かわかった?」
「うおっ」
冬海くんに近づいて方に頭をのせた。ふわっといい匂いがする。
「え、えーと…何が?」
「そうね、例えば――――冬海くんが私を追いかけても、待ち伏せても見つけられない理由とか」
「え?…それは…」
冬海くんは何かに気が付いた顔になった。
「わかった?」
もう一度問い詰めて目をあわせる。
「…し、霜氷さんが俺の後を…?」
「ふふ、正解」
わかってくれた。私は囁くと首筋にやさしくキスをした。
「欲しいもの、手に入れるの手伝ってくれるんでしょ?」
「欲しいもの…」
「ええ。簡単よ?」
体が密着させると手を前に伸ばして、ワイシャツのボタンを一つ一つ外す。
「え、ええ??」
あ、ようやく下着、つけてないのに気が付いたのね。顔を真っ赤にして。
「好き。……ふふ、かわいい」
ちゅっ。今度は頬。また首筋。
「お、お母さんもいるし⁈」
今はいないの。
「え?ええ⁈」
「冬海くんの…頂戴?」
好き。
仰向けに引き倒して顔を近づけて――――――
私はそのあと、冬海くんから素敵なプレゼントをもらった。
好きな人について知りたいのは普通のことだよね⁈ coffeemikan @coffeemikan
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