第4話
◆12月14日(日)◆
「霜氷さん?」
休日の午後。俺は中心街の一角で霜氷さんらしき人を見かけた。
「ごめんね。週末は買い物に行くの」
とクラスメイトの誘いを断っていたので、おそらく間違いない。聞こえた場所と日付も同じ。決して聞き耳を立てたわけではない。聞こえてしまっただけである。
「…」
誰かと一緒に見えるが、人混みで確証が持てない。彼氏?いやいや、そんな…。
そのまま霜氷さんはデパートの中に吸い込まれていく。と、中に入ってすぐに見失った。無念。とぼとぼと来た道を駅まで戻る。いきなり今日の予定がフイになってしまった。
「冬海くん?」
「し、霜氷さん?」
あれ?駅前をぼーっと歩いていただけで目的の人に遭遇してしまった。今日の姿はグレーのコートに明るめのブラウンのロングスカート。どタイプです。
…が、話しかける予定なんかなかったから、言葉に詰まる。
「冬海くんは買い物?」
「あ、うん。もう済んだけど」
「そうなんだ」
最初から買い物の予定なんかないので、適当にごまかすしかない。
「霜氷さんは?」
「買い物が終わって帰るところなの」
手には紙袋がいくつか下がっている。
「一人?」
「ううん、お母さんがいたんだけど。時間かかりそうだから私だけ」
「そ、そうなんだ」
これ以上広げる話題が見つからない。が、変な空気のまま引き留めるのもな。理由をつけて、一緒に駅へ向かうことにした。
「あ、あれ。冬海くんに似合いそう」
ふいに霜氷さんが指をさした。学校にも着ていけそうな柄が入ったおしゃれなカーディガンがディスプレイされていた。
「そう?」
「うん。よかったら当ててみたら?」
「そうしようかな…ちょっと寄るね」
この時点で買う決意を固めていたが、値段を見て少しだけ心が揺れる。が、試着した後の霜氷さんのセリフ―「やっぱり、似合ってるね」―ですべて吹き飛んだ。
◆◆◆◆
「よかったね、買えて」
「うん、ありがとう」
大切に紙袋を抱えて、駅まで戻る。一張羅に相当する貴重品である。
「つばき。…あら?」
綺麗な女性がこちらを見て目を丸くしている。
「あ、お母さん」
霜氷さんのお母さんは年齢を感じさせない綺麗な人だった。ちなみに話したことはない。
「つばき。何よ、彼氏と合流するなら教えてくれればいいのに」
間違いでも光栄である。「彼氏と一緒」なんていい響き。
「
「何よ。照れなくていいのよ。だってあなた写真―――」
「お母さん!」
「もう、そんなに大きな声出さないの」
よく聞こえなかったが、お母さまの前で子どもっぽい霜氷さんも新鮮。
「冬海くん、この後は?」
「あ、特に。帰るだけで―――」
「そう。ちょうどよかったわ。ね、うちに来ない?美味しいケーキを買ったの」
「あ、いや悪いので―――」
「悪くないの!ね?つばきの彼氏だもの」
「あー」
有無を言わせないお母さまと予期せぬ展開に戸惑いは隠せない。ちらっと霜氷さんを見た。
〈お母さん、こうなると聞かないから。いい?〉
〈…お邪魔でなければ〉
〈もちろん〉
あとでトイレに寄ってこのカーディガンに着替えよう。靴はそろえて脱いで、糸がほつれてないか見てくれば―――こうなると自分の姿が気になって仕方がなかった。
◆◆◆◆
「さ、あがって。遠慮しないでね」
「お邪魔します…」
霜氷さんの家はイメージ通りと言うべきか、高そうなマンションの一室だった。迷路のようなロビーや通路を抜けてきたが、1人で帰れる気がしない。
言われるがままに通されたのは、高級な香りに包まれた広いリビング。
「どうぞ。お口に合うかしら」
ソファの端に腰掛けると、紅茶とケーキを頂く。霜氷さん親子とティータイム。味なんかもう分からなかった。今ならゴーヤでも生で美味しく頂く自信がある。
「お、美味しいです」
「よかった!あ、話はつばきから聞いてるわ。あらためてよろしくね」
「は、はい」
正面から見つめられると、目が離せなくなる。恐るべしお母さま。そしてとってもよく喋る。光栄なことに俺を小学生から知っていてくれたようで、当時の話に花が咲いた。
「あら、もうこんな時間。…あ、そうだわ。ぜひ、お夕飯食べていってね」
「あ——」
「つばきの彼氏だもの。息子になるのだし。ね?」
早過ぎる気と、終ぞ解けない誤解と、俺の答えを聞く前に颯爽とお母さまは立ち上がる。
「出来たら呼ぶから、よかったらつばきの部屋でも見てらっしゃい」
「あ、はい」
そうは言ったものの、ハードルが高い。
「冬海くん?」
今度は霜氷さんが覗きこんでいた。
「予定、大丈夫?」
「あ、うん。もちろん」
「よかった!」
そう言われては断る理由もなく——
「喜んで」
と言う他なかった。
「部屋、行きましょ?」
「う、うん」
頷いたものの、いいのか、霜氷さんの…お、お部屋に…。
「お邪魔します…」
案内された霜氷さんの部屋はイメージ通りモノトーン調の落ち着いた部屋だった。ますます好きになりそう。
「お茶入れてくるから、好きにくつろいでね」
霜氷さんを見送って部屋を見渡す。ベッドサイドに置かれた小さな机とクッション。その上に座ったものの、全く落ち着かない。特にベッドなんか…
「…ごく」
普段霜氷さんが寝ているであろうベッド。と、枕元には部屋の雰囲気に似つかわしくない、ぬいぐるみ見えた。
「お?」
キャラものの中で目を引いたのが、年季が入った明らかに手作りの男の子のぬいぐるみ。霜氷さんは裁縫まで得意らしい。
と、そのぬいぐるみの下に写真のような物が見えた。今どき見なくなった現像した手のひらサイズのそれを見たい衝動に駆られる。
よくない。…が、気になる…。ちょっとだけ。
「…おお?…懐かしい」
小学校の運動会で撮ったものらしい。しかも、俺も写っている。霜氷さんと写った写真があったとは。ほ、欲しい。
裏には日付と場所。そしてNo.が振られていた。枕元の棚に見えたアルバムから出してきたと見える。他にもあるらしい。
「…あ」
いけない、とはわかっていても——
アルバムに手を伸ばして捲る。同じように小学校時代の写真がたくさん収まっていた。何冊か並んだアルバムはおそらく時期ごとに整理されているのだろう。
「懐かしいなあ」
と、ページを捲っていくと何となく違和感を覚える。何だ?何度か確認して、ようやくその正体がわかった。
「…霜氷さん、あんまり写ってない?」
もちろん写ったものもある。が、大半はそうではない。そして…どの写真にも何故か俺がいた。偶然…だよなあ。
そう思って他のアルバムを何冊か手に取る。
結果は同じ。
…ということは?
「何かわかった?」
「うおっ」
肩から霜氷さんの顔がぬっと現れた。今まで気がつかなかったのが不思議なくらい、すごくいい香りが漂う。
「え、えーと…何が?」
咄嗟に何も答えられない。霜氷さんはさらに顔を寄せて囁く。
「そうね、例えば――――写真に冬海くんが写っていることとか、冬海くんが私を追いかけても、待ち伏せても見つけられない理由とか」
「え?…それは…」
霜氷さんに
「わかった?」
霜氷さんと目が合う。見たことないくらい、吸い込まれそうな暗い瞳にくらくらする。
「…し、霜氷さんが俺の後を…?」
自惚れ、現実とは思えない答え。でも―――
「ふふ、正解」
囁く声の後、首筋に電撃が走った。
「欲しいもの、手に入れるの手伝ってくれるんでしょ?」
「欲しいもの…」
「ええ。簡単よ?」
霜氷さんの体が密着すると、すっと手が伸びて、俺のワイシャツのボタンを一つ一つゆっくりと外していく。
「え、ええ??」
あったかくてやーらかい。あれ、霜氷さん、もしかして下着…つけてない?
「好き。……ふふ、かわいい」
ちゅっ。今、頬に電撃が走った。ま、間違いない…よな?
「お、お母さんもいるし⁈」
「大丈夫。彼氏と2人きりですることなんて、ひとつじゃない?」
「え?ええ⁈」
急なんてものじゃない。降って湧いた展開に頭がまったく追いついていないまま。
「冬海くんの…頂戴?」
そのまま仰向けに引き倒される。霜氷さんの綺麗な顔が再び近づき—————————
霜氷さんしか見えなくなった。
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