第3話
◆12月8日(月)◆
昨晩は新曲を聴き、キーホルダーを眺め、かなり無駄で実りのない幸せな時間を過ごした。今朝はそのせいかあわや遅刻…。よって、霜氷さんの調査は進まず。
「昨日ありがとね」
待ちに待った昼休み。朝からずっと何て話しかけるか悩んだ結果。
「うん、こちらこそ」
当たり障りない内容で玉砕したところまでがセットである。
「……あ、じゃあ昼ご飯買いに行くから」
「うん、いってらっしゃい」
とぼとぼと無念の買い物を終えると、教室へ戻る。霜氷さんは友達と話しながら焼きそばパンを食べていた。やっぱり好きなんだろう。
昼休みが終わりに近づくと、席に戻った霜氷さんと目が合った。2度目のチャンス。
「し、霜氷さんも焼きそばパン好きなの?」
「好き。冬海くんも好きよね」
好き、の部分だけ録音しとけばよかった。
「わかる?」
「いつも食べてるじゃない?」
「…!!」
好きなものを覚えてくれていた以上に、見てくれていたことに感動を隠せない。大丈夫か最近こんな感じで。心臓がもたないぞ。
「…いつも買ってるのは学食じゃないよね?」
「うん。駅の近くのパン屋さんだよ」
「あー、もしかして反対側の出口の」
「そう。人がいなくていいの」
俺も以前は、ソフトフランスパンに好きな具材を挟んでくれるサービスが好きでそこへ足繁く通っていた。…が、いつしか駅の反対に行くのが面倒になり、足が遠のいていたけど…もしかして毎朝、霜氷さんが見当たらないのはそこに行っているせい?
「前は行ってたんだけど」
「よかったら来てみて」
そう言われては行かない理由はない。明日から早起きして行ってみるか。
◆12月9日(火)◆
翌朝、早起きして登校すると、いつもより30分早く駅に着いた。反対側の出口から出るとすぐに例のパン屋はある。
「いらっしゃい。何にする?」
「えーと…」
いつか見たおばちゃんが見せ番をしていた。ソフトフランスに挟むしょっぱいのは決まっている。
「焼きそばと蜜柑ジャムで」
「はいよ」
パンを待つ間、
「おはよ」
「お、おはよ」
キタ―――――――
舞い上がっていると、おばちゃんが俺のパンを持って戻ってきた。
「はいよ。…お、つばきちゃんはいつもの?」
「はい、お願いします」
「ちょっと待っててね」
俺が支払いを終えると、すぐに奥に引っ込んだおばちゃんは、間をおかずに戻ってくる。
「はいよ。いつもありがと」
「こちらこそありがとうございます」
霜氷さんは手慣れた様子で受け取ると、代金を支払ってこちらを向いた。
「行こ?」
「あ、うん」
パンをぶら下げたまま、学校へ並んで向かう。
「来てくれたんだね」
「あ、うん。早く目が覚めてさ」
今日は5時には目が覚めて、万全の体制で来ている。
「久しぶりに行ったけど空いてるね」
「でしょ?学校近くのコンビニより美味しいのに。みんな面倒くさいんだと思う」
昨日までその1人だった俺は何とも言えない気分になる。
「霜氷さんはずっと?」
「うん。お弁当のときもあるけど。とっても美味しそうにここのパンを食べてる人がいてね。それで行くようになったの」
「へえ。同級生?」
「うん」
誰だそんな幸せなやつは。羨ましい。
「…俺も入学当初は来てたけど、そんな人見たことないなあ」
「だね。だと思うなあ」
「お弁当は自分で?」
「お母さんと半々。冬海くんはいつもパン?」
「うん。お弁当は自分では作れないし。親は朝早いし」
「…そうなの」
正確には作れないというか、朝起きて作る時間がない。寝たい。
「……」
何やら思案顔の霜氷さんをよそに、俺は明日からも毎日来る決意を固めていた。
◆12月12日(金)◆
「いらっしゃい。焼きそば?」
「あ、はい。あとは林檎ジャムで」
数日ですっかり常連気分になった。これで今週はほぼ皆勤。霜氷さんは本人の言う通り、お弁当の日もあるので会えない日もあったが…今日はおそらく来るはず。
「あ」
ほら、やっぱり。
「おはよ」
「おはよ」
極力待っていた感を出さないようにご挨拶。霜氷さんがパンを買い終わるのを待って、一緒に外へ出る。
「そういえば試験はどうだった?」
昨日から準備していた話題を振ってみる。
「いつも通り。冬海くんは?」
「俺も」
いつも通り、の意味が異なるが…。
「あ、でも試験も終わったし、好きなことできるなって」
「だね。冬休みだもんね」
そうだ、冬休み。そして後2週間以内にクリスマスになってしまう。
「ふ、冬休みは何か予定あるの?」
「これといってないよ。ほら、クリスマス終わって、年末、お正月ってあっという間じゃない?何となく過ごして終わっちゃうの」
「あーわかる」
寝正月どころか、冬休みはほぼ全て寝ている間に終わる。
「…どうかした?」
「あ、いや」
随分と自然に霜氷さんと話せている。その事実に気がついた瞬間、かえって照れが。いやいや、小学生じゃん…。
「冬海くんは何かあるの?予定」
「いや、全然」
「クリスマスは?」
「全く」
彼女のいない男には悲しいイベントである。
「し、霜氷さんはクリスマス——」
聞くならここだ!天の声に導かれて、ずっと聞きたかったことを繰り出す。
「か、彼氏とかいるの?」
「いないよ」
いやった——————!
脳内で花火が盛大に打ち上がって、目がチカチカする。あー、やば、立ちくらみ?
「冬海くんは?」
「いないよ」
その台詞だけ見ると、できるけどいないよ、みたいになるのがより悲しい。
「そう。一緒だね」
よ、よろしければ付き合ってくれませんか?という心の声とは違うことを捻り出す。
「あー、クリスマスといえば、霜氷さんは何か欲しいものあるの?」
「うん、あるよ」
ほ、ほう。そんなに即答するものはぜひ伺いたい。
「な、何?それをプレゼントに頼むの?」
「うーん…無理かな」
無理…俺にも手に入れられないものかな?かぐや姫級の。
「無理?」
「ええ。あ、でも冬海くんだったら簡単かも」
「???」
頭の中が?でいっぱいになる。男子のほうが手に入れやすいものだろうか。いやいあ、霜氷さんが欲しいものって俺には手に入れられるのか?お金ないぞ。
「俺でよければ協力するけど」
「…本当?そっか……」
そのとき、チャイムが鳴るのが聞こえた。
「あ、時間ギリギリ」
「ん?やば!!」
今が朝だということを忘れていた。
〈また今度ね〉
慌てて先を急ぐ中、一瞬振り返った霜氷さんがそう言ったのがわかった。
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