好きな人について知りたいのは普通のことだよね⁈

coffeemikan

第1話

◆12月1日(月)◆


隣の席の霜氷《しもごおり》さんについて調査開始から1ヶ月が経った。なのに、まだ成果は出ていない。放課後に後を追っても、朝、駅前で待ち伏せしても、霜氷さんに会えるのは学校の中だけ。今も、彼女の挙動をそれとなく目で追うも、何を考えているかわからない。


毎朝、挨拶をするし、彼女と仲は良いと思う。最初は返事が来なかったりとすれ違いもあったけど、立派なお隣さんである。


そしてもうひとつ。仲良くなったと間違いなく言える証拠がある。


〈何かついてる?〉

〈ううん、何も。ごめん、ぼーっとしてた〉

〈そうなの?〉

〈うん、気にしないで〉


ほらね。俺たちは声を出すことなく、目と少しの唇の動きだけで会話ができる。もちろん会話の内容を確かめたことはないけど、間違いない。


それにしても、じっと見過ぎていた。嫌われては元も子もない。肘をつくと、自然な姿勢・・・・・で彼女の方を向く。


「…」


彼女は手帳らしきものに何か書き込んでいる。何を書いているか気になる。が、俺は紳士だし見るのはよくない。


彼女は綺麗な字を書くのだが、時折叢書のような、筆記体のような不思議な字も書く。何を書いているかは、俺の弱い頭では理解できていない。何らかのクオーターらしいから外国語かもしれない。ちなみにこれを知ったのはたまたま彼女の落としたメモを拾ったから。断じて盗み見たわけではない。


「——ん———くん、冬海くん」

「はい?」


声のする方を見ると、牧原先生が呼んでいた。すっかり無視していたらしい。慌てて立ち上がると、机に足がかかって豪快に転んだ。


「痛てて…」


霜氷さんに見られていないことを祈りながら立ち上がる。と、


くすっ、と笑う声が聞こえた気がした。


たぶんこれは霜氷さんの声だ。すぐに振り返ったが、彼女の表情は変わっていない。


勘違いかな?


「冬海くん!」

「あ、やべ」


呼ばれていることを忘れてた。


◆12月2日(火)◆


定期試験2日目。昼の食堂で1人カップうどんを啜りながら勉強そっちのけで俺は考えていた。


ここ1か月、霜氷さんについて調査してみた。でも、彼女のことが知りたい!ということだけが先行して、詰まるところ―――目的がよくわからなくなってしまったのだ。


ふむ。


まずは最終目標。霜氷さんと、つ、付き合————おほん。まずは、彼氏はいるのか、ここに尽きる。


これを知らないと前には進めない。


格好つけて言ったけど、俺は彼女のことが好きなのだ。好きな理由?見た目がタイプ、優しい、かわいい、スタイルがたぶんいい——etc


その片想いは長く、かれこれ10年以上。…が、好きなだけで、遠巻きに見ていただけ。話したことも数えるくらい。


そんな中、長い学生生活で最大のチャンスが来た。隣の席にもなって話せるようになった。隣で霜氷さんを眺める最高の栄誉を得て、ますます気になる。近づくクリスマス、霜氷さんが傍にいてくれたら…俺はもう死んでもいい。


とはいえ、年上のカッコいい富豪の貴公子が彼氏がいて、いつも見せない表情を見せていたら…血が出るくらい唇を噛んで、爪が食い込むほど拳を握って…そして諦めることにする。彼女の幸せが一番。仕方なく祈ろう。―――――いや、無理だな。


◆12月3日(水)◆


まず通学時間を使って、予備調査で判明した霜氷さんの実態を整理する。テスト期間?知ったこっちゃない。


(1)住む場所:不明。小学校から同じにも関わらず不明なのは、彼女は中学の時に親の転勤?で一度引越しをしているから。だから、俺と彼女の間には空白期間がある。

(2)出身中学からの伝手:なし。同じ小学校も俺だけだ。

(3)朝と放課後:遅刻は知る限りなし。放課後の動きは不明。部活はやっていないのは間違いない。

(5)その他:ほぼ不明。好きなものはたぶん焼きそばパン。


……


ふむ。やはり彼氏はいないのでは?もしかしたら、焼きそばパンが好きな人が彼氏なのかもしれない。好きな人が好きなものは好きになるのだ。俺も霜氷さんも焼きそばパンも大好きだからわかる。


あとは…何だろ。名前はつばき。頭が良い。学年でも指折りで上位の成績だし、少しだけ目を細める癖があって―――あれを見ると、何ていうかゾクゾクする。


…話が逸れた。


要するによくわからないから、もっと彼女のことを知る。調査あるのみ。ちなみにこれは決してストーカーではない、調査だ。別にやましいものを採集をしたりするわけじゃない。ちょっと帰り道が一緒だったり、早朝に駅で時間を潰したりするだけである。


駅に着くと、電車を降りて学校へ向かう。最寄り駅からうちの高校からほぼ一本道、その前の乗り継ぎも一択だ。時折、周囲を見渡しても霜氷さんはいなかった。残念。


「あ、すみません」


下駄箱で顔を上げた直後、鞄が誰かにぶつかったらしい。顔を上げると、霜氷さんがいた。


「おはよ」

「あ、お、おはよ…」


彼女から挨拶なんてどれくらいぶりか。舞い上がった気持ちを隠して、努めて冷静に冷静に。


「ごめん、ぶつかったよね?」

「ううん。私じゃないよ」

「あ、そうなんだ」


周りに他には誰もいない。急いでいた誰かにぶつかったのかもしれない。改まって襟を正すと、霜氷さんに向き直る。


「あー…行こうか」

「うん。行こ」


見事にヘタレた。一緒に(教室まで)行こうか、の一番大事な部分がなかった。肩を落として、とぼとぼと教室へ向かうと、霜氷さんは静かについてくる。


——い。


「ん?」


何か独り言のようなものが聞こえた。振り返っても、窓の外を見ながら歩く霜氷さんしかいない。


「?」


霜氷さんの声にも聞こえた。好きすぎて何か幻聴が聞こえたのかもしれない。

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