凡塵の歌
@thourch
第0話 かくして彼は旅に出た
少年は、名もない辺境の村で生まれた。周りの人々と同じ、ごく普通の生活を送っていた。
基本的には素直だったが、いくらか反抗的なところもあっただろう。時には親や年長者の言葉を無視して、自分勝手に行動することもあった。
少年は空が好きだった。すべてを受け入れてくれるかのような、あのどこまでも広がる蒼穹が。彼はいつも、時折仕事の手を止めては空を見上げていた。
少年は、これといって特別ではないが、まぎれもなく唯一無二の、そんな少年だった。
「ローラン!早くこい!こんなにいい天気なんだ、さっさと仕事を終わらせるぞ!」
少年は畑仕事に出た。淡い光を放つ作物の向こうに、様々な人々の姿が見えた。黙々と、ただひたすらに鍬を振るう者。暑さに文句を言いながらも、手元の道具を片時も休めない者。そして、滅多に姿を見せない、謎めいた者。
「休憩だ!」
村をぶらつきながら、ほのかに甘ったるい魔の気配を帯びたそよ風を感じる。そこには、様々な生き方があった。他を顧みず、ただひたすらに、長くも短くもない生を享受する者。いつ終わりが来るかも分からない未来のために、細かく計算して生きる者。まるで自分の考えを持たないかのように、ただ時の流れに身を任せる者。
傍から見れば、そして実際にも、少年は同年代の子供たちより大人びていたのかもしれない。彼はかつて、この静かな村を守るかのようにそびえる高山にこっそりと登ったことがある。山頂に立った少年は、目を懸命に見開き、どこまでも広がる蒼穹の下にどこまでも続く世界があることを知った。その時、少年は全く異なる世界を見たのだ。
少年は、村の外にどんな景色が広がっているのか知らない。村の外にどんな人々がいるのか知らない。村の外がどんな世界なのか知らない。
少年は思った。違う世界を見てみたい、と。同じ空の下に、自分にとってどれだけ違う世界があるのかを知りたい、と。知らないからこそ、知りたくなるのだ。
だが、少年は同年代の子供たちより、いくらか稚気じみたところもあっただろう。 彼には彼自身の考えがあり、いつだって自分の思い通りに行動したいと願っていた。それゆえに、少年はまだ『少年』でいられたのだ。
日が昇り、月が沈む。鍬の木製の柄は少年の汗で滑らかになり、温かみを帯びていった。だが、彼の心にある想いは少しも変わらなかった。その憧れは、いつしか執念のようなものに変わっていたのかもしれない。
もっとも、憧れだろうが執念だろうが、少年にはどうでもいいことだった。それが確かに存在しているのなら、それでよかった。
そしてそのことを、少年は誰よりもよく分かっていた。
道具は少しずつ使い手の形に馴染み、農作業の腕もますます上がっていった。しかし、作物の収穫は年々悪くなる一方だった。
努力は報われなくなり、勤勉は徒労に変わりつつあった。村は、得体の知れない無力感に包まれていた。この村だけでなく、近隣の村も、他の領地も、王国全体がそうなのだと、少なくとも少年が聞いている話ではそうだった。
スープは日増しに水っぽくなり、黒パンは日に日に薄くなっていった。スプーンに映るわずかな光をぼんやりと眺める時間が、食事時間の大半を占めるようになっていった。
領主は税を軽くし、国は原因究明のために調査隊を組織したが、問題はそう簡単に解決できるものではないのだろう。
少年は長男ではなかった。家のさして大きくもない土地と、小さくもない不安を受け継ぐ資格はない。ただ、あの息が詰まるような感覚だけは、誰もが平等に分かち合えた。何もすることがなくなれば、手伝いは足手まといになる。実に簡単な理屈だ。少年は以前からそれを理解していたが、今、身をもって知った。
国が組織したエリート部隊だけあって、わずか数ヶ月後には土地の「活性衰退」現象が確認された。原因は依然として謎のままだったが、少なくとも努力する方向性は見えた。
だが、時には知らない方が幸せなこともあるだろう。「活性衰退」。それは多くの人々にとって、単なる現状報告では済まされなかった。疑念、恐怖、絶望が新たな価値基準となり、特に、この微妙ながらも強固な信仰心を持つ国では、その傾向が顕著だった。一部の特に敬虔な信者たちは、これを神の罰だと考えた。その見解は瞬く間に民衆の間に広まり、「事実」として受け入れられた。人々は自分が何を間違えたのか分からず、神がなぜ自分たちを罰するのかも分からなかった。ただ、これが神の罰であることだけは確信していた。
神官も、領主も、国王も、誰一人としてその考えの広がりを止めることはできなかった。自分の身に原因が見つからなければ、それは他人の問題になる。他人の身にも原因が見つからなければ、それは自分が関わることのない「誰か」の問題になる。男が聞いた話では、調査隊がこの結果を公表してから一ヶ月も経たないうちに、王国に反旗を翻す組織が、まるで雨後の筍のように全国各地で次々と現れたという。ある意味では、人口の活性は新たな高みに達していた。
法律上は十六歳で成人と定められているが、世間は年齢だけで人を大人とは見なさない。両親はまだ彼を守るべき子供だと考え、隣人は口数の少ない子供だと思い、領主も彼を主要な労働力とは見ていなかった。
だが、少年は気づいた。自分はもう、『少年』ではいられない。少なくとも、今の自分はもう、『少年』であってはならないのだと。
調査隊は依然として明確な結果をもたらすことはなく、それどころか彼らの行方さえも分からなくなってしまった。これもすべて、本当に神の罰なのだろうか?
元々はそれほど話題にもならなかった神が、この村にも自分の教会を持つようになった。聖歌隊の声はとうに家畜の鳴き声をかき消し、人々の敬虔な懺悔は日々の農作業に深く溶け込んでいた。
ある事実を明らかにしようとすればするほど、その事実はかえって明らかになりにくくなる。
男は、その言葉をどこで聞いたのか忘れてしまったが、言葉そのものは確かに覚えていた。
王国はまだ土地の活性衰退の原因究明を諦めてはいなかった。少なくとも、男がオセリア王国報で新たな調査隊の正式な設立を目にしたのは、これで五度目だった。参加基準も、当初は一定の社会的地位が必要だったものが、各地の面接官による試験を通過すればよいと緩和され、最终的には自らが国民であることを証明できる者なら誰でも参加できるようになった。
加入すれば、今後十年の税が免除され、毎月かなりの給金が支給される。行方不明、あるいは殉職が確認された隊員の家族には心からの見舞金が支払われ、その名はいつまで存在できるかも分からない英雄記念碑に刻まれるという。
男の父親は日に日に無口になり、母親は一日中、椀に映る自分の顔を見つめて何かを考えていた。兄は時折男を一瞥しては、こっそりとため息をついた。弟は聖歌隊に入ってから教会に寝泊まりするようになり、一度も家に帰ってこなかった。
やがて六度目となる調査隊員の募集が、この村にも知らされた。申し込み用紙に記入を済ませると、男は一度家に戻り、簡単な必需品だけをまとめた。
男の両親はすでに畑仕事を辞めていた。もうすぐ、家の土地は兄が一人で管理することになるだろう。もっとも、もはや管理する必要もないのかもしれない。彼らはようやく、心から愛する宗教活動に専念できるのだから。
やはり心配だったのか、まだ子供扱いしているのか、それとも良心が咎めたのか。いずれにせよ、去ろうとする男を父親が呼び止め、埃をかぶった一振りの長剣を恭しく手渡した。
家の戸口を出た後、男は歩みを緩め、腰に差した長剣をじっくりと眺めた。
鞘と柄に積もった分厚い埃を除けば、それは実にごく普通の長剣だった。男は剣術に詳しいわけではない。だが、これが決して名剣ではないこと、そして同時に、粗悪品でもない、ただのありふれた剣であることは理解できた。
この辺境の村は、あまりに普通すぎた。王国地図の測量士が訪れた後、地図に描き込むのを忘れてしまうほどに。
この村の人々も、あまりに普通すぎた。よそ者がここの人々を評する言葉は、中身のない「素朴」という一言だけ。
聖歌隊の歌声は相変わらず高らかに響いていた。まるで村の周りに真空のバリアを張っているかのようだ。しかし、その歌声も高らかである以外に何の特徴もなく、ただ普通だった。
空も変わらず青かった。不純物を一切含まないかのようなその青も、ただ純粋である以外に特別なところは何もなく、すべてが普通だった。
だが、そんな普通を受け入れることこそが、生きることそのものなのだろう。最初から特別なものなど何もない。すべての特別は比較から生まれる。比較がなければ、普通と特別の境界線も存在しない。だが、人はどうしても比べてしまう。だからこそ、いわゆる特別が生まれるのだ。
「普通」の今を楽しめることは、ある者にとっては、それ自体が「特別」なのだろう。
男が愛した空は、そんなにも普通だった。男は、そんな普通な空を愛していた。
男は、同じ空の下にどれだけ違う世界があるのかを見てみたかった。だから、一歩を踏み出した。
何か特別なものに憧れているわけではない。彼はただ、可能な限り自分らしく、自分の人生を過ごしたいだけだった。英雄の行進曲よりは、凡塵の歌を奏でたい。
男は最後に一度、この辺境の村を守る高山を見上げた。おそらく、変わらなかったのはあれだけだろう。あるいは、あれこそが最も変わったのかもしれない。ただ、男が気づかなかっただけで。
もうすぐ、男は栄光ある調査隊の一員となる。そして、誰も気に留めず、たとえ気づいたとしても意に介さないであろうタイミングで姿を消す。そこから、男の旅は本当の意味で始まるのだ。
男は、村を通りかかった年老いた冒険者から聞きかじった三流の技術を頼りに、商船の貨物室にうまく潜り込んだ。
船員たちが休息している隙を狙って、男は商船から抜け出した。初めて、違う土地に足を踏み入れる。彼の旅が始まった。
港湾都市ペラモン。それが、男の旅の最初の目的地だった。
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