「ナンパしてんじゃねぇ。操は私のもんだ」

「あき、あ、あ、あーっ!? サイン、いや、写真!」


 喜ぶ彼女の横で剛力は目尻をぐっと上げる。来栖の無表情にも一匙の冷気が混じっていた。


「あれっ、君、素敵なお顔してる。コスプレ? ゾンビみたいでおぞましい~☆」


 黒鐘は九品田の傷を指でなぞり、目を見開いた。


「本物だぁ」


 言葉を失い、感激で失神しそうな九品田との間に来栖が声を挟んだ。


「やぁ先生。今、このフィギュアに欠けているものの話をしていたんだ」


 来栖と黒鐘は各々の姿をじっくり観察し合った。

 互いに望郷の念を抱く表情を見せたが、黒鐘が先に仮面を被った。作品に近づき、膝に手を当てて腰をかがめる。


「どれぇ? この継ぎ接ぎの子?」


 どこかふざけた様子を排除し、九品田と剛力の作品を見下ろす。真剣に品定めする双眸に剛力は再びぞっとし、舌打ちをした。


「うん、端々にスクリームを感じる」


 体勢を戻し、九品田へ振り返った。


「でも肝心なものが見えてこないね☆」


 九品田に再び焦燥が襲い、憧れの人に動揺している場合ではないと自身を叱咤する。


「み、見えてこないものとは……」

「つよつよのエゴだよ。このフィギュアはそれが隠れてる」


 黒鐘が襲来し客はどんどん集まっている。作品を眺める真剣な彼女の顔をライブカメラが抜き視聴者数も上がる。黒鐘は困惑する九品田の火傷痕へ、そっと触れた。


「もっと自己中になりなよ。邪魔する雑魚は全員殺せばいいんだよ」


 聞き捨てならないという風に来栖が咳払いをした。


「身勝手な作品は誰でも作れる。より多く喜ぶ作品の方が、私は価値が高いと思う」

「価値なんてどうでもいいよぉ。知らない人が喜ぶことに、何か意味ある?」

「多くの人を喜ばせようとする意志は尊いものだ」


 ぷっ、と吹き出し、黒鐘は腹を抱えて笑う。


「きっしょ! ていうかそれって私の作品を否定してるの?」


 と、顔を上げた瞬間、二つの穴が来栖を貫いた。

 来栖は敗北を認めたように肩をすくめ、打って変わって柔らかい態度へ変化した。


「やれやれ、今も妹のためだけに怪物を作っているんだな、君は」

「そうだよ。パパから白鐘ちゃんを守るため!」


 その名前に耳を打たれ、睨んでいただけの剛力が「白鐘?」と反応した。黒鐘の前へ出てあからさまな敵意をぶつける。


「やっぱりお前、白鐘の姉貴か? あいつの姉ちゃんの名前、確かお前と一緒だ。デザイナーって聞いてたけど、フィギュア作ってたのかよ」

「へぇ? 君、白鐘ちゃんの知り合い?」


 「し、しろかね……?」と、九品田を含め、状況の把握できない周囲は疑問を呈していたが、来栖は面白そうな展開だと思い、集まっているカメラへ指示して黒鐘と剛力の二人へ集中させる。

 剛力は距離を詰めて長身の黒鐘を挑発的に見上げた。


「白鐘の絡みが不器用で前から困ってんだよ。ちゃんとダチの作り方教えとけ」


 特攻服を上から下まで眺め、黒鐘の顔色変わった。


「あー、もしかして君が剛力ちゃん? 白鐘ちゃんがたまに話してくれるの、暴走族のこと」

「剛力真広だ。ちゃんはやめろ」

「なんでここに居るのか知らないけど、丁度よかった。君に言いたい事あったの。白鐘ちゃんに関わらないでくれる? 君みたいなのって教育に良くないのっ」

「は? いきなりなんなんだてめぇ、おい」


 剛力は殴りかかる勢いで胸倉を掴んだ。

 荒事に周囲がざわつき、来栖は素早く剛力の襟首を掴んで引き離した。


「配信している事を忘れないように。これ以上は二人共ノーパンにさせるよ」


 二人は暫く睨み合っていたが、不服そうに剛力はそっぽを向いた。


「やだぁ、シワになっちゃう」


 黒鐘は服を整え、作品の下にある作者プレートを確認した。スカーフェイスの名前を脳内に刻み、一触即発に怯えていた九品田へ近づく。


「ねぇスカーちゃん。怪物、好き? だとしたらどうして?」


 突飛な質問に九品田は焦り、顔の火傷痕をポリポリと掻いた。


「し、しっかり考えたことはないですけど、強さを感じるからでしょうか、全部壊してくれそうな魅力があるので……」

「正義のヒーローも強いよ?」

「ヒーローは強さも動機も嘘くさいって言うか……眩しすぎて、私とは合いません」


 それを聞いた途端、黒鐘の顔がパッと明転した。


「わかってるぅ! そうなの、悪役は本当の強者、悪役以外は結局弱者だよ」


 審査そっちのけで九品田に興味を持ち、深紅の右手で彼女を抱き寄せた。二人が密着し、黒鐘のファンから黄色い悲鳴が流れる。


「ちっ、ちちっ、近っ……!」

「スカーちゃんが、きっと私と同じだね」


 黒鐘は狩人の目をして言った。


「クリーチャーフィギュア、私と作ろ?」

「……うぇ!? えっ、わ、私ですか!?」

「そうすればもっと強い怪物が作れて、白鐘ちゃんをより安心して守れるの☆」

「ま、守る……?」


 どんどん近づく二人の間に、特攻服の腕が待ったをかけた。剛力は強引に引き剥がし、九品田の肩を抱き寄せて自身の体の内に収めた。


「ナンパしてんじゃねぇ。操は私のもんだ」


 九品田は足をもつれさせながら、剛力の腕の中で彼女を見上げた。


「べ、別に誰のものでもないんですけど……」


 黒鐘はあざとく唇に指を当て、首を傾けた。


「私のってどーゆー意味? 付き合ってるの?」

「んな訳あるか。私と操でフィギュアを作ってんだよ」


 剛力の発言を耳にして、慌てて九品田は腕をバタバタと広げる。


「今回は下着という未知の領域だったので、デザインを協力してもらっていまして……」


 途中で口籠り、自身の怪物を受け止めてくれる剛力と、自身の怪物を利用しようとする憧れの相手を悩まし気に覗いた。


「だから、その……」


 剛力との出会いからこの三か月を思い返し、九品田は胸にある直感を吐露した。


「ご、剛力さんとやりたいので、せっかくのお誘いですが、お、お断りしま……あー! でもやっぱり先生のお誘いなのに勿体ないかな!?」

「操、歯ぁ食いしばれ」


 剛力は肩に添えていた手を拳に変え、指の骨をバキバキと鳴らした。


「じっ、冗談! 冗談です!」


 逃げようとする九品田を剛力が掴み、小言を放って引き釣り回している。その二人の楽しそうなやり取りを傍観し、黒鐘はつまらなそうに舌打ちした。


「くっさ。しょーもな」


 苛々しながら右の人差し指を九品田へ向け、褪せた眼色を剛力へぶつける。


「剛力ちゃん、私が勝ったらその子頂戴? 君みたいな雑魚には勿体ないよ」

「あぁ? てめぇいい加減に……!」


 再び火のついた剛力などお構いなしに、黒鐘は振り返って来栖へ水を向ける。


「ねぇ来栖ちゃん、もう一回コンテストやろ。決勝戦って形でどう? 私も参加しちゃう☆」


 スタッフを含む周囲の群衆は、その宣戦布告に喜びとも驚愕とも取れる盛り上がりを見せた。

 周囲の動揺に黒鐘は口角を上げ、剛力を鋭く見やった。


「この勝負受ける? 逃げる? どっち?」

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