ツギハギフィギュアとヤンキーランジェリー

高田丑歩

1幕 フィギュアオタクの陰キャと下着オタクのヤンキー

1-1 九品田と剛力

「あの、名前もちゃんと付けてあげて下さいね。その子」

 腰まで伸びる束子めいた長髪を、春風が叩いた。束子の髪が纏うは私立高校の制服、女生徒の輪郭、右手に添えられた十センチほどのクリーチャーフィギュア。歩行で揺れる度、怪物は朝日を反射し持ち主の顔を照らした。


 キラリと伸びる陽光は彼女の右頬、拳大の火傷痕に幾度も当たった。同じ通学路の生徒達は腫れ物に触らないように彼女を避けたが、当の本人は気にせず歪に口角を上げていた。


 彼女が教室に入るとクラスメイトは危ないものを見るように目を逸らした。

 黒板に書かれた日付は四月十五日、彼女はその下の日直の名前に『九品田』がない事を確認し、椅子に座ってクリーチャーフィギュアを置いた。


「九品田さん、今日もお人形持ってきたの? 気色悪いからやめてって言ったじゃん」


 フィギュアを持っていた彼女、九品田は声に反応し顔を上げた。三人の女生徒から嘲笑を受けている。九品田は三人の顔を順番に伺った後「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。


「はは、なんかお礼言ってる。馬鹿にされてるの気付いてないんだけど」

「く、クリーチャーフィギュアに気色悪いは褒め言葉です。作った甲斐がありました」

「これ作ったの? 九品田さんが?」

「は、はいっ。実は担任の先生がモデルです。凄いですか?」


 三人の内、一人がクラスに向かって声を上げた。「ねぇ皆、怪物が怪物作ってるんだって、面白くない?」クラスメイトから苦笑や愛想笑いが起こった。同情や非難は一つもない。


「み、皆さん羨ましいなら、お好みのフィギュア作りますけど……」

「羨ましい訳ないでしょ。こいつどこまで空気読めないの?」


 お門違いな反応を嗤われたが、九品田は特に反応しなかった。気にしているのは周りではなく、相手の一人。特に顔の整った顔のパーツへじろじろと目線を這わせていた。


「奇麗なお顔立ちですね、造型モデルになりそう……。あの、型を取っても良いですか?」

「何言ってんのこいつ……九品田さん、火事で頭がおかしくなったって本当なんだね」


 火事という単語が耳を打ち、九品田はしおらしく下を向いて火傷痕を隠した。初めて見せる落ち込んだ姿に満足したのか、三人は鼻を鳴らして彼女から離れていく。


 「ホームルーム前にトイレ行こ」「てか今日ファミレス寄らない? 春の新作パフェ出たし」と他愛ない会話をしながら教室を後にした。

 三人が消えても彼女を気にかけようとする者は現れなかった。遠くなるいじめの声がなくなり、九品田はようやく顔を上げる。

 視界に映った怪物のフィギュアを撫で、火傷痕をぽりぽりと掻いた。


          ※


 生徒指導室の短針は4を差していた。硬い長机の上には九品田が持ってきたクリーチャーフィギュアが置かれ、その前で彼女は顔を隠して座っている。

 対面のパイプ椅子には担任且つ生徒指導の教員が腰を下ろし、背筋を伸ばして冷然と佇んでいた。


「クラスの人と揉めたって聞いたけど、大丈夫だったの?」

「それより、先生が担任になったと知ってすぐに作ったんですよ。この子は先生がモデルです。どうですか?」


 担任は自身の襟を正し、フィギュアを眺めた。


「それよりって……というかこれ、私なの?」


 フィギュアはホラーゲームに出て来てもおかしくない造型であり、顔、腕、胴体に継ぎ接ぎの演出されている。

 顔だけは担任をデフォルメしたゾンビのような面を持っていた。よく見るとしっかり特徴が象られており、担任は複雑そうに顔を引きつらせる。

 九品田は時計を気にしながら小首をかしげた。


「似てないですか? 連日徹夜で頑張ったんですけど」

「そうじゃなくて、学校にお人形を持ってきたらダメなの。しかもこんなおぞましい形の……」


 台詞の続きを遮り、担任は申し訳なさそうに口を押さえる。九品田はおぞましいという評価を気にせず嬉しそうに机へ身を乗り出した。


「さすが先生、分かってますね。クリーチャーの良さ」


 え? と、困惑する担任を他所に、九品田はいそいそと立ち上がった。


「さて、今日は秋元先生の新作フィギュアを受け取る日なので、これにて失礼します」


 呆気に取られていた担任は我に返り「ちょっと、九品田さん!」と部屋を出て行こうとする彼女を呼び止めた。


「あなた、趣味だけではなく他人とも向き合わなきゃダメよ」

「それはできません」


 九品田は振り返らずきっぱりと放った。


「無意識に傷痕のせいにしているのよ。もっとコミュニケーションをする努力をしないと……」


 九品田は面倒そうに火傷痕を掻き、辟易として生徒指導室のドアへ手をかけた。


「そのフィギュア、先生に差し上げます。可愛がってください」


 そう残すと、九品田は止める間もなく出て行った。しかしすぐに戻って来て、ひょっこりと顔を出した。

 ドアから妖怪でも覗いているような光景に、担任は苦笑いを返す。


「ど、どうしたの? 忘れ物?」

「あの、名前もちゃんと付けてあげて下さいね。その子」


 もう一度捨て台詞を放ち、九品田は今度こそ廊下を駆けて行った。担任は「名前……」と呟き、仕方なく眼下の怪物と見つめ合った。

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