第三章:7000 万人の人質

流出は現在進行形で続いていた。

クリスマス商戦の真っ只中、レジを止めることはできない。しかし、動かせば動かすほど、被害者は増える。


「玲奈、決断しろ。全店舗の POS システムを強制アップデートする。再起動が必要だ」

「い、今!? 書き入れ時よ!? 数時間のダウンタイムで数億円の損失が出るわ!」

玲奈が悲鳴を上げる。

「4000 万人の顧客の信頼と、数億円の売上。どっちが大事だ?」

涼の眼差しは鋭かった。

「もし今止めなければ、ShopMart は『顧客情報を売った会社』として歴史に名を残すことになる。君はそれでいいのか?」


玲奈は唇を噛み締め、涼を見つめ返した。

「……わかった。私は、お客様を守りたい」

彼女は震える手で受話器を取った。

「……社長に繋いで。全店、緊急メンテナンスに入ります」


涼はすぐに作業に取り掛かった。

マルウェアを検知し、駆除するスクリプトを全店舗の POS に配信する。

同時に、空調システムからの接続を物理的に遮断し、ファイアウォールのルールを書き換えて、決済ネットワークを完全に隔離(セグメンテーション)する。


「いけ……!」

エンターキーが叩かれる。

全国の ShopMart のレジが一斉に再起動画面になる。

店内の客からはどよめきが起こるが、それは「カード情報の流出」という最悪の事態を防ぐための、必要な痛みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る