消えた85万ビットコイン - 虚構の金庫

SFCA

プロローグ:神隠し

2014年2月。東京・渋谷。

かつて「ビットコインの聖地」と呼ばれたその場所は、怒号と絶望に包まれていた。

世界最大のビットコイン取引所「BitTrade(ビットトレード)」の本社ビル前には、プラカードを持った人々が押し寄せている。

「金返せ!」「俺の老後資金を返せ!」


ビルの一室。システムエンジニアの真希(まき)は、震える手でキーボードを叩いていた。

「嘘……どうして?」

彼女の目の前のモニターには、信じがたい数字が表示されていた。

顧客から預かっているはずのビットコインの残高。

その数字が、限りなくゼロに近づいていたのだ。


85万ビットコイン。

当時のレートで約480億円。現在の価値にすれば数兆円。

それが、煙のように消えていた。

強盗が入ったわけでも、金庫が壊されたわけでもない。

ただ、デジタルの数字だけが、神隠しにあったように消失していたのだ。


「真希、どうなってるんだ!」

社長が怒鳴り込んでくる。

「わかりません……。送金ログは正常なんです。でも、ブロックチェーン上の残高と合わないんです!」

真希は泣き叫びたかった。

彼女が作り上げたシステムは、完璧なはずだった。

だが、その「完璧」の隙間を、見えない怪物が食い荒らしていた。

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