害虫
草森ゆき
害虫
通知音に嫌気が差し始めている。何をやろうがピコンピコンと音が鳴る。電源を落とせば確かに鳴らなくはなるんだが、そうすると友達とやり取りができないし、あらゆる連絡が遮断されるから消し続けるのは不可能だ。
今日もピコンとやってきた。コンビニのバイト仲間である波島からだ。未読無視して二日経つが、溜まったメッセージ数は百を超えている。
あまりにも気持ち悪い。開いてみてもひたすら自分の話ばかりしているし、こうやって付き纏い続けて色んな人にシャットアウトされて話す相手が一切いないようになったんだろうなと思う。
このまま未読無視でも良かったんだけどピコンピコンと追撃が来てイラついて、開いて全部読まずに既読状態にだけした後に一文だけメッセージを送った。うるさいから送ってくるな。これだけ送信して電源を落として携帯ゲーム機で遊び始めた。波島のことは数分のRPG操作ですっかり忘れた。思い出させてきたのは翌日の朝につけたスマホに入り込んでいたバイト先の店長からのメッセージだった。
『波島さんが亡くなりました』
その文章の後にお悔やみの言葉と通夜葬式の日時が連なっていた。事故死らしかった。あーもしかして自殺、と思っているとコンビニの他のバイト仲間から『自殺じゃない?』とメッセージが来た。
『あ、やっぱ自殺に思う?』
『思うよ。みんな無視してたじゃん笑』
『だって粘着度やばくない? 納豆も降参するレベル』
『ウケるからやめて笑 納豆食えんくなる笑』
『香典に納豆持っていこっか』
『祟られるってば笑』
『祟られたら波島からまだメッセージ来たりして』
『やば、地獄じゃん』
『粘着地獄』
『汚い笑』
こんなやりとりをしている最中に音が鳴った。ピコン! と軽快に鳴り響いて部屋の中を駆け回った。波島からだった。やりとりしているバイト仲間が悪い冗談のつもりでユーザー名を変えたのかと思った。違った。ピコンピコンと更に鳴って、波島相手のボックスの中に未読数が溜まっていった。
『マジで波島からメッセ来た』
『冗談キツいって笑 ウチもう大学だから後でね〜』
バイト仲間は去ったけどピコンはまだ止まらない。死んでいるんだしいいかと思って波島をブロックするけど、貫通してまだ通知音が鳴り響く。つい舌打ちが出た。舌打ちついでにボックスを開いた。波島は必死に話し掛け続けていた。
『今日寒いね肉まん売りましょうって朝礼でみんなに言わなきゃな』
『寒いの苦手なんだよね、昔に薄着で風邪ひいたことあってその時にお父さんが』
『この前副店長いたでしょあいつほんとこっちの話聞いてない迷惑ばっかり、この前なんて発注を全部間違えて入力してて結局直すことになって馬鹿しかいないの?やってあげてるのに礼も言わない』
『波島さん頼りにしてるよー波島さんすごいねーってみんな言うけどほんとこっちがやらないと掃除も終わっていなくってさあ』
『またフルタイムで来てくれって店長に言われてさこっちの身にもなって欲しいよね、はいはい行きますよって言ってあげたけど』
『あーほんと憂鬱だよ今週のシフト見た?こっち頼りにする組み方ばっかりで』
『なあ、自分語り乙でキモいんだけど』
つい返事をした。ピコンピコンがふっと止まった。どっか行ったかなと安心しかけるけど十分くらい経ってから返事が来た。
『でもこっちがやってあげないと誰も仕事しないでしょ。トイレも掃除しないし品出しも前出しもしないしホットスナックだって揚げないし、波島さんよろしくねいつもありがとうってそればっかりで、どれだけ苦労してたと思ってるんだよ』
『あのさー、普通にいいように使われてただけなんだって』
『は?何?』
『細かい仕事やらずにほっといてもあんたが勝手にやっとくからみんな押し付けてたんだよ。ほんと気持ち悪いな。自分から進んで出勤してあれもこれもとちゃかちゃか動き回って色んな同僚に粘着してさ。うん、気持ち悪い。生きててもまあいいけど、死んでも別に良かったよ。あんたゴキブリみたいだし』
また返事が来なくなった。この間にもう一回ブロックしようかなとも思うけど、まあ死んでるんだしなと妙なところでどうでも良くなった。生きていない人間に気を使う必要なんてなかった。こうやって魂みたいなものに粘着されて気持ち悪くはあったけど、それだけだった。ピコンピコンメッセージが来るだけなら本当にゴキブリみたいなものだった。
『ゴキブリみたいだってお父さんに言われたこともある』
と返事が来て、
『ゴキブリですよ、どうせ』
と追撃が来た。
既読無視してからスマホの電源を落とした。今日は友達と買い物に行く予定があった。部屋に置いてあるデジタル時計で時間を確認して、そろそろ用意をして待ち合わせ場所に出掛けなきゃなと伸びをした。
遊び終わり、帰ってきて、風呂上がりにゴキブリを見つけた。ベッド付近をうろうろしているチャバネのゴキブリで、動きがいまいちだったからスリッパの一撃で葬れた。しかし念には念を入れ、ガスコンロの火で燃やして炭にした。
眠る前に思い出してスマホをつけると『波島の葬式結局行くの?』とバイト仲間から返事があって、それの下に表示されているボックス、波島とやりとりをしていたはずのボックスには『退会したユーザー』とのやりとりが残されていた。
他殺だったんだなと呟いた声は一人きりの部屋の中で粘度を保ちながらも消え失せた。
害虫 草森ゆき @kusakuitai
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