届かない君へ─6通の冬手紙─
Haruka
第1通 ─恋の気配─
拝啓 佐藤景翔へ。
この手紙が君に届くことは、きっともうないと思う。
君の居場所も、どんな風に笑っているのかも、僕はもう知らない。
それでも、行き場をなくした君への想いを、こうして静かに文字へ落としてみることにした。
君からもらったあたたかさも、痛みも、僕が君に抱えさせてしまった苦しみも、すべてを一つ一つ思い出しながら綴るよ。
あの日から止まったままの時間を、少しだけ前に進めるために。
雪が降るたび、胸の奥がかすかに痛む。
冬の冷たさに混じって、あの頃の僕らのぬくもりだけが、不思議と形を失わずに残っている。
白い息が混ざる距離。
並んで歩いた足跡。
どの記憶も、僕が初めて誰かと居たいと思えた、そんな瞬間だったんだと思う。
──思えばあの頃の僕は、
『誰かを好きになる』という感情をよく知らなかった。
──────────
幼い頃から、恋というものが分からなかった。
誰がかわいいとか、誰かが誰かを好きになっていると盛り上がっていても、その熱が僕の中にはどこか遠いもののように感じていた。
「好きなタイプは?」
そう聞かれるたび、形だけの笑みを浮かべて
「好きになった人がタイプなんだと思う」
なんて、曖昧な返事を繰り返していた。
実際好きな人ができたことなんてただ一度もなかった。
女の子に告白されることは何回かあった。
でも女の子に告白されるたび感じるのは違和感だけだった。
嬉しいよりも、どこか他人事のようで、僕という人間の外側だけを見られている気がして、手触りのない好意がむしろ不快にすら感じられた。
だから僕は、このまま誰も好きにならずに大人になっていくのだろうと、どこか冷めた気持ちで受け入れていた。
──君に告白されるまでは。
──────────
景翔。
君が僕に告白してくれたあの日のことは、今でも鮮明に覚えているよ。
放課後の帰り道で、冬の風は頬を刺すほど冷たくて、学校のフェンス越しに差し込む夕陽が君の横顔を少しだけ赤く染めていた。
君はどこか覚悟を決めたような顔をしていたね。
いつもは饒舌な君が、珍しく言葉を選んでいた。
ポケットの中で手を握りしめ、吐く息だけがかすかに震えていた。
緊張していることがよく伝わってきたよ。
「……好きだよ、冬樹。男同士だけど、もしよかったら、付き合ってほしい」
その言葉が落ちてきた瞬間、僕の中で凍っていた場所がゆっくり溶けていくのを感じたよ。
唐突だったわけじゃない。
小学校からずっと一緒で、名前を呼ぶより先に気配で分かるくらいには近くにいた。
君の笑うところも、怒ったところも、落ち込んだところも全部知っているつもりだった。
それでも、胸がゆっくりとあたたかくなる感覚は、あの瞬間にしか訪れなかったんだ。
「嫌じゃないからいいよ」
あの返事が僕にできる精一杯だった。
恋を知らなかった僕の、不器用で、でも嘘のない返事だった。
だけどね景翔、今なら分かるよ。
あの時、胸の奥を満たしていった温度は『嫌じゃない』なんて曖昧なものじゃなくて、あの瞬間の僕が確かに君に向けていた最初の『好き』の気配だったんだって。
景翔、君といる冬は、僕が思っていた以上に優しくて、世界は思っていたよりもずっとあたたかかった。
まだ何も知らなかった僕に、初めて世界の色を変えてくれたのは、ほかでもない、君だった。
次の手紙では、
僕らの冬がゆっくりと動き出した日のことを、もう少しだけ書いてみようと思う。
届かなくてもいい。
ただ、伝えたかっただけなんだ。
如月冬樹より
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