今いる君に平穏を

ほの、

第1話

誰かの声が聞こえた。

なにかの声が


「君は死んだ。」


「まあ、良かったんじゃない?」

「はい? なんですって?」

……神様、かな?


「ううーん。神様ねぇ」

あ、思考読める感じ……


「神様ってのはずいぶんと横暴じゃない? 横柄で大雑把だ」


……


「自分はそんな下賤なものではないと?」

「うは! 怖えーよ。お前」

こいつは腹を抱えて笑った。

「神様ですら「下賤」って言い切れるやつのほうがよっぽど怖い。」

笑われた。わはは、と


「いやぁ、神様といえば神様、なんだけどね?でも、見方を変えれば君だって、あるいは全人類神様だと言えるし、あ。あと、君を殺したのは僕ね?で、僕はなんでも…」

早口。


「待て」

「わざわざ喋らなくていいのに。しゃべるのめんどくね?」

「今、殺したって言いました?」

「うん。言ったし、やった。僕が君を殺した」


……じゃあ、

こいつは敵?

俺は、警戒心を上げた。


「あのなぁ……僕ぁ君にそんなしょーもない語彙を使ってほしくないんだけどな。」

「君にそんなくだらなさは求めていない。」


……はぁ。

思わずため息をついて、頭を抱えた。


「じゃあ、あなたは僕に何してほしいんですか。」

「うん、そうそう。そういうこと。そういうの!」


こいつは明らかに嬉しそうに、くるくると、はしゃぎ跳ね回っている。……うん?

そういうの?

何を求めてるのかまったく見えてこない。


というか、


「不便なんですが」

「何が?」

「名前。あなたの名称がないの。」

「ふぅぅぅん。君はどう思う?」

嬉しそうに、こいつは言った。


会話になっていない。

右まぶたをピクつかせ、苦い顔をした。


「いやあ、バカにはしてないよ? 会話もしている。通じ合っている。」


通じ合ってない。通じ合いたくない。


「大事なんだよ。僕の、あるいは私の、われの、わしの、それらに対する」

一人称を羅列した。こいつは


「君の認識が」


……認識。



考えます。考えます。考えています。


少なくとも俺にはこいつは神様のように見える。否定されたが、

いや、否定はされていなかったか……。


まあ、少なくともなんでもできそうな雰囲気はある。

俺を殺したのが事実なら、それを実行し、そして生き返らせ、あまつさえ対話させられてる。


いや、生き返ってはいないとか、ここが精神世界であるかも、とか

今はどうでも……よくないね。

重要な情報だ。


ここは精神世界であると仮定して、彼は精神干渉をしている。

で、あれば

彼が自分自身である可能性もある。

それなら、精神干渉なんて能力なくても会話できる。


でも、確信はよくない。決めつけは、情報が誤って伝わりかねません。


……でも、こいつ無邪気だよね。

いいも悪いごちゃ混ぜにする、子供が遊んでるみたいだ。

なんというか、気持ち的にこいつが自分である、と認めたくない。

大人の無邪気は邪悪だ。

醜く、未熟でしかない。


子供。

子供が遊ぶときは、基本「外」だよね……


「外」で遊んでそうな神様ぽいやつ


…………混沌。


ふと、思った。


外なる神。ニャルラトホテプ。混沌の象徴。


クトゥルフ神話に出てくるニャルラトホテプってこんな感じだよな、

って鼻で笑うように


……


あ。


得てしまった。確信を、というより直感を

ビビッときて、バリバリっ、と脳のシグナルが働き、整合性が取れた。取れてしまった。

帳尻が、合った。


合って……しまった。


「good。」

「そう、そう、それ。」

「それでいい。」


こいつは言った。


「そう、ニャルラトホテプね! いい解釈だ! ニャハハハ!」


作り変わる。置き換わる。

姿かたちが、出来ていく。

こいつの、ニャルラトホテプとしての「姿」が


……あ。


いあ


天井の照明がちらついた。天井なんて、なかった、のに。


いあ


足音がする

靴の材質なんてわからない、履いているのかさえも。素材の推定も不可能なまま、一定のテンポを刻んでいる音がした。

こつ、こつ、と


イア


空間が歪んだ。

ぐにゃり、と

そうして人間の、あるいは人間らしい人型に縁取りが作られた。

まごうことない人間のフォルムは、自分の感覚が、

「これは人間である」

と、認識させられる。させられてしまう。


イア


顔がある。あった。ずっと前からあったんだ。

ああ、なぜ気づかなかったんだ。

笑っていた。笑顔でにこやかだ。口角が溢れんばかりに上がっている。

口なんてなかったのに、ある。じゃあ口角もある。

あった。

前からあったんだ。


イア!


声がした。していた。

ずっと前から会話していたんだから当然だ。

口があるなら声は出るし、出るなら発声器官があるし、それに声を発するための、言葉を考えるための脳みそがあるし、


それならば、

それならば、

それならば、


数珠つなぎに臓器ができていく。もともとあるかのように、あっていく。

辻褄が合っていく。


イア!


「いあいあ!ニャルラトホテッップ!!」


ニャルラトホテプは両手を上げた。子供がはしゃぐときにするように

ごっこ遊びでもしているように


ごっこ、

おままごと、

ごっこ遊びなんだ。こいつにとって、人間であることは、


「ノってよ。ノリ悪いなぁ。」


……吐き気がしてきた。


「ないでしょ? 君に体なんて」

「感覚は、思考が、肉体があったときの模倣をしているだけだよ。」


ああ、しまった。


「そう。君はやっちゃったねぇ。」


認識した。俺がこいつを

ニャルラトホテプだ、と

その時点で、


「その時点で、僕はニャルラトホテプになったわけだ」

「あぁあー。」

思慮深く、いたずらな声色で言った。

「僕は忠告したのになぁー。」

ニャルラトホテプはくくく、と笑う


「「認識」が大事だ、と」


……

押し黙る。言葉が出ない。

本当に俺はとんでもないことを

して、しまった。

「責任」が重く、俺の心にのしかかる。


「こ」

「こ?」

ニャルラトホテプは俺の言葉を返した。


「殺してください。」

「無理。だめ。殺させない。ずっと。」


ああ、だめだ……罪悪感に耐えきれない。精神が崩壊してしまう、


「ないでしょ。君に精神なんて。今の君に」

「それに、もし壊れても僕が直してあげるから!」


ぐにゃり

視界が揺らぐ。


「まあ、君は、そんな小汚い精神じゃあない。だろうがね」

「君は自死を選べるほど弱くない。」

「高潔な精神で、純粋な魂だ。だった。」

「だから、またそう生まれるだろう。」

「自分の肉体の万物は、自分の思考に、あるいは、君たちが、魂や心だとか呼ぶものに引っ張られる。」


……


両手をニャルラトホテプが合わせ、鳴らした。

パチン、と


「さあ!遊ぼうか!」


ゲームが。人生が。始められてしまった。こいつによって


誰かの口角が上がった。

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