第20話 心に虹を創る季節

 傷だらけの女の子を泣かせた本人が胸を貸してドヤるというのは、どうかと思う。

 まあ、多少なりとも追い詰めた身として責任転嫁はしたくないのだけれど、結局のところ香川さんは僕に終始強気な態度だったわけで、最終的にとどめを刺したのはやはりヨアちゃまのように思う。

 両膝を地べたにつけて香川さんを抱擁するヨアちゃまが、フィリッポ・リッピ作のリッピーナに描かれた天使に見えなくもないけれど。


「よしよし、ケイちゃん。ダイジョブだからね」


 しかしこれではまるで、僕とヨアちゃまが香川さんをいじめてるみたいだ。

 ここらで、ハッキリと線引きはしておいたほうがいい。


「全然大丈夫じゃない。話はまだ終わってないぞ」

「あたしは謎が全部解けていま超スッキリしてんの。だしだし、ケイちゃんだけもやもやするんはなんか違うわけ!」

「さいでっか」

「ごめんね、ケイちゃん。誰にもゆわないって約束したのに、翔馬に『赤い女』のはなしして」


 香川さんの背中を擦るヨアちゃまを横目に、僕は言う。


「……僕は、『マッチポンプ』だと思うけどな。いるはずのない『赤い女』の話で気を引けば、ヨアちゃまは必ず井龍にそのことを問いただす。それを見越しての」

「マーくん。うっさい」

「……むっ」

「誰にもゆわないって約束を破ったのはあたしだしさ」


(それが罪なら、罰はもう受けたじゃないか……)

 僕の、猫パンチよりも優しい、ほぼエアーゲンコツじゃ足りなかったというのか。


「そんで、ケイちゃんだって翔馬の気を引きたかっただけだし。やり方が間違ってたなら、その反省を次にどう活かすかでしょ?」

「まぁ……」


 はぁ、と溜め息がこぼれた。

 前から薄々感じてたけど、このギャルの地頭は臥龍並みな気がする。


 先日のフォローを引き合いに出されると、僕の立つ瀬がない。


(ここから先は、誰が嫌われ役に回っても空気を濁すだけか)


「香川桂華。井龍は、キミの行いを他人に告げ口するような男じゃない。と、思う」


 きっと、僕の言葉も言霊も彼女には届かない。焼け石に水で。暖簾に腕押しで。豆腐にかすがいで。それでも、いちおう……一応のフォローはしておく。


「だから、信用してやれよ。キミが好きになった男のことを。たとえ、もう二度と話せなくなったとしても、すべてを明らかにして謝罪するのが……愛、なんだと、僕は思う」


「きっざぁ! キッザ、キッザ! マーくん、なんかスかしてね?!」

「どこにスかしてる言葉があったんだよ! 一字一句に魂を込めたつもりだ!」

「だってそれ、もろ当たって砕けろじゃん」

「ぐっ……」

「他人事マン! 鬼畜ぅ! はくじょうものぉ!」


 ……酷い言われようだ。

 そう、やいのやいの毒づかれると、急に自分が冷たい人間に思えてくる。まるでピエロだ。多くの人の助けや答えを受け取ったが故に、薄情者として最後を締め括るのだけはまっぴらだった。


「わかった……なら、僕が井龍に説明するよ。ぼかしたりだとか嘘をついたりだとか、そういうのは許容できないけど。余計なことを言わないように努力する」


「ほほう。それは、あり寄りのありでごわすな。安心して、ケイちゃん。あたし、ばっちゃん以外でマーくんより口が回るヒト知らんし」


「香川さんも、それでいいかな?」

「…………わ、たし」


 香川さんは両手で顔を覆う。

 井龍が涙をこらえていた時の仕草も似ていた。


「これいじょ、う……翔馬を……傷、つけ、たくな、い」


 それが、好きな人を騙して好きな人と一緒にりんごを齧った代償だよ。

 裏切ってしまったことをどれだけ嘆いても、裏切られた人の悲しみを拭うことは決してできないのだ。


 傷つけた――その理解が追いついたからこそ、香川さんは嗚咽にも似た本音をこぼしたのだろう。誰も傷つけたくなかった、あいつのように。


 大粒の涙が、しどと赤いドレスを濡らし。そんな、香川さんの『後悔』を指で拭ったヨアちゃまが、ぱぁっと雨上がりの虹のような笑顔を浮かべた。


「にひひ。じゃさ、いっぱい泣いて、いっぱい謝って、またいっぱい笑いあお。ケイちゃんと翔馬ならダイジョブ、ダイジョブ。あたしとマーくんが保証する。ブイ」

「………ぅ、ん、ぅん」


 許されることが前提の考え方は嫌いだ。

 けれど、未来さきを見据えるならば、今はそれ以上の言葉は必要なかった。


(かなわないなぁ)


 誰の光にもなってしまうヨアちゃまに、僕はちょっとだけ嫉妬した。

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