八百比丘尼、異世界で放浪スローライフ

アジ

第1話 たしかに崖から落ちたはず

(海に落ちていく……)

あまり危機感もなく、高い崖から荒波に向かってスローモーションで落ちて行った。

自殺の名所で明らかに身を投げようとしている女性を止めようとしていたところだったが、なんとそのひとと共に見事に転落。もっとちゃんと柵とか整備しといてくれませんか?と真っ暗な海に向かいながら、私は目を閉じた。



◇◇◇


目が覚めると、硬めのベッドの上に寝かされていた。隣にもう一つベッドがあるが、そこには先程助けようとして失敗した女性も眠っている。呼吸はしているので生きているようだし、大怪我もしていない。夕闇の中の事故だったけど、誰か通報して助けてくれたのかな?そう思い身を起こすと、海に落ちたはずなのに服はちっとも濡れてはいなかったしかすり傷すらない。

そもそもここはどこ?病院ではない。民家……?少なくとも日本家屋ではない。木造のコテージのような、少し狭く古い建物だ。


「あ、目を覚ました?」


ドアが静かに開けられて、赤髪の少女がこちらを見て嬉しそうに微笑んでいる。どう見ても日本人ではない。まさか海外に流された?外国の船に助けられた?にしては謎なのだが、この高校生くらいに見える少女の服は現代のものではなさそうだ。たまにやるRPGのファンタジーなキャラクターみたい。


「あの、ここは……?私達を助けてくださったのですか?」


おそるおそる尋ねると、少女はベットに近づいてきて手をぎゅっと握ってきた。


「あなた達、ツキノの森に倒れてたから荷車に乗せて連れて帰ってきて三日も眠ってたのよ。道に迷ってたの?」


も、森……?海に向かって崖から落ちたんですけど……。ツキノの森ってどこですっけ……。

赤毛の少女はハッとして手を離す。


「私、マリナと言います。あなたは?」

「私は、八尾万里、です」

「ヤオバンリ?」

「ヤオ、が苗字で、バンリが名前」

「苗字があるの?どこかの、えらいおうちの方なのかしら……!」


大きな目をぱちぱちと瞬かせてマリナは驚く。

これは、あれか、異世界に飛んじゃった感じか………。


「バンリさんは、私より年は少し上かしら?どこか痛いところある?お腹空いてる?スープを持ってくるわ、待っててね」


マリナは慌てて部屋を出ていく。おかあさん!起きたわ!と遠くで聞こえる。


少し年が上、なんて、何歳に見えるんだろう。

(何歳だっけ……)

自分の歳の事なのに、他人事のようにぼんやりしている。

いつからかもう数えてなかったが、私はおそらく、千年以上は生きているのだった。

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