第5話 私には価値がない
ある朝、目が覚めると……
私はガラス張りの箱の中にいた。
通りすがる人たちが私を見て、
「かわいいね」と笑う。
けれど、その声はすぐ遠ざかる。
皆、一通り眺めたら、何事もなかったように通り過ぎていった。
……私は、ペットショップの猫になっていた。
隣のゲージの子は、お迎えが来た。
私には、来ない。
茶色の毛皮、ちょっと地味だったかな?
パッチリしたこの目、ちょっと怖く見えるのかな?
……それとも、私の値段が高すぎるの?
もしかしたら──いや、きっと私が悪いんだ。
不細工だから。
期待なんて、もうしない。
最初はどんな人に迎えられるんだろうって、ワクワクしてた。
でも今は……
ただ、狭い世界で、灰色の時間をじっと眺めているだけ。
媚びるのも、もうやめた。
意味がないから。
私はきっと、捨てられる。
そう思ってた。
……その日までは。
また誰かが来た、よくあることだ。
私はあくびをした。
……すると。
「この子で」
──え?
店員が笑顔でゲージを開ける。私をそっと抱き上げるサラリーマン
「どうしてこの子を選ばれたんですか?」
男は少し考えて、こう答えた。
「うーん……“無事是貴人”って感じがしたからかな」
「無事……是貴人?」
「禅語なんですよ。
特別なことをしなくても、ただ心穏やかに、自然体で生きてる人こそ、尊いって意味で。この子、そんな雰囲気だったんです」
……自然体。
確かに最近の私は、もう媚びることもせず、ただ、私でいた。
それで、いいんだ。
私で、価値があるんだ。
私の胸に、なにかあたたかいものが広がった。
「にゃあ〜……」
私はナイタ。
声にならない、ありがとうの代わりに。
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