第17話 黄金の研磨師(ゴールデン・スライム)爆誕
「たっだいまー! ぷるんちゃん、ただいま戻ったわよぉー!」
深夜の地下帝国(旧校舎倉庫)。
私は重たいリュックをドサリとテーブルに置き、満面の笑みで愛しの相棒を呼び寄せた。
「キュウッ!(おかえり!)」
スライム・ソファでくつろいでいたぷるんが、桜色の体を弾ませて飛びついてくる。
よしよし、いい子だ。お腹空いたでしょ?
「今日はね、とびっきりの『ご馳走』を収穫してきたのよ。……ふふ、驚いて腰を抜かさないでね?」
私はリュックの紐を解き、戦利品の小瓶を一本ずつ、もったいぶって並べていった。
カチャン、カチャン。
薄暗い地下室の照明に照らされ、小瓶の中身が鈍く輝く。
赤、黒、深緑、そして虹色に酸化した粉末たち。
「キュウ……?(これなに?)」
ぷるんが不思議そうに触手を伸ばし、瓶をツンツンする。
「これ? これはね、王国最強のエリート集団、近衛騎士団の皆様が数年かけて丹精込めて育て上げた(放置した)、最高級の『魔力錆(メタル・スラグ)』よ!」
私は一番大きな瓶――騎士団長の剣と同じ棚にあった、年代物のグレートソードから削り取った赤錆の瓶を手に取り、高らかに宣言した。
「見て、この深みのある赤色! ただの酸化鉄じゃないわ。持ち主の魔力をたっぷり吸い込んで、分子結合がガチガチに変質してるの。……いわば、鉄分1000%の超濃厚サプリメントよ!」
じゅるり。
ぷるんの体から、明らかにヨダレをすするような音がした。
「あら、分かる? 分かるわよねぇ、この芳醇な鉄の香り。……地上では『劣化』とか『手入れ不足』なんて言われて嫌われてるけど、私たちにとっては極上の『ミネラル源』だものね!」
私は白衣(給食当番のエプロン)を羽織り、実験用ゴーグル(水泳用)を装着した。
「さあ、実験開始よ。ぷるんちゃん、分裂して!」
「キュウッ!」
ぷるんがボヨンと震えると、本体からソフトボール大の分身がポロリとこぼれ落ちた。
まだ色は可愛い桜色だ。
「まずは前菜。……一般兵士の槍から取れた『量産型・黒錆』からどうぞ」
私がパラパラと黒い粉末を振りかけると、分身スライムはそれを瞬時に包み込み、消化吸収した。
「キュ……(カリカリする)」
「お次はメインディッシュ! 歴戦の武器庫で熟成されたヴィンテージものの『赤錆(レッド・ラスト)』と、湿気で蒸れた『緑青(パティナ)』のミックス・プレートよ!」
私は思い切って、一番高価そうな瓶の中身をドバッとぶちまけた。
瞬間。
バクッ!
分身スライムが、まるで飢えた獣のように粉末を飲み込んだ。
体内でバリバリ、ゴリゴリと、硬い金属粒子が噛み砕かれる音が響く。
「いけっ、ぷるんちゃん! その鉄分を力に変えるのよ! 目指すは『硬度』! ダイヤモンドも削れる最強の研磨ボディよ!」
私が拳を握りしめて応援すると、スライムの体に異変が起きた。
ドクンッ。
桜色だった体が、内側から激しく脈打ち始めた。
柔らかそうだった表面が、急速に硬質化していく。
ゼリーのような質感から、溶けた金属のような、重厚な光沢を帯びていく。
そして――。
カッ!!
目を開けていられないほどの強烈な閃光が、地下室を白く染め上げた。
「うおっ、眩しっ!?」
私は手で顔を覆った。
数秒後、光が収まると、テーブルの上には「それ」がいた。
「……嘘でしょ?」
私はゴーグル越しに目を瞬かせた。
そこにあったのは、桜色のスライムではない。
全身がまばゆいばかりの金色(ゴールド)に輝く、金属生命体のような物体だった。
「キ……ギンッ!(完了!)」
鳴き声まで、金属的な響きに変わっている。
その体表は、微細な粒子が高速で流動しており、まるで電動ヤスリのような低い唸りを上げている。
「す、すごい……。これが、鉄分たっぷりの進化系……」
私は恐る恐る指を近づけてみた。
指先が触れるか触れないかの距離で、チリチリとした振動を感じる。
【解析結果】
名称:ゴールデン・研磨・スライム(変異種)
特性:超硬度ナノ粒子研磨、金属捕食、鏡面加工
備考:触れるもの全てをツルツルにする危険なヤツ
「……最高じゃない」
私はニヤリと笑い、部屋の隅に転がっていた掃除用のモップを手に取った。
使い古されて柄が黒ずみ、ササクレだらけのボロモップだ。
「テストよ、ゴールデンちゃん。この汚い棒きれを『綺麗』にしてごらんなさい」
私がモップの柄を差し出すと、金色のスライムは「ギンッ!」と鳴いて飛びついた。
チュイイイイイイイイイッ!!
凄まじい高周波音が響き渡る。
スライムが柄の上を高速で回転しながら移動していく。
黒ずみも、ササクレも、こびりついた手垢も、全てが金色の粒子の嵐に飲み込まれていく。
数秒後。
スライムがポトリと離れると、そこには――。
「なっ……!?」
私は絶句した。
私の手にあるのはボロモップではない。
まるで神話に出てくる「聖槍」のような、黄金の輝きを放つ棒だった。
表面は極限まで滑らかに研磨され、木目が宝石のように浮き上がっている。
顔が映るほどの鏡面仕上げだ。
「すっご……! これ、ただ削っただけじゃないわ。表面の凹凸をナノレベルで均して、摩擦係数をゼロに近づけてる……!」
私はツルツルの柄を撫で回し、確信した。
いける。
これなら、いけるわ。
あの騎士団長、ベアトリクス様の顔面を覆う「鋼鉄の角質」も。
普通のピーリング剤じゃビクともしない、長年のダメージが蓄積した「天然の鎧」も。
この子なら、剥がせる!
「よくやったわ、ぷるんちゃん(分裂体)! 貴方こそが、私の最強の武器(コスメ)よ!」
「ギンギンッ!(任せとけ!)」
金色のスライムが、誇らしげに体を反らせた。
よし、準備は整った。
あとは、患者(獲物)をまな板に乗せるだけだ。
「ふふふ……待っててくださいね、鉄仮面様。貴女のその仮面ごと、一皮むいて差し上げますから」
私は邪悪な笑みを浮かべ、通信用の魔道具(マーサ先生への直通ライン)を起動した。
「……もしもし、マーサ先生? ええ、私です。アリアです」
私の声は、甘く、そして残酷なほどに楽しげだった。
「準備、完了しました。……例の『ビッグ・フィッシュ』を、釣り上げてください」
◇
数時間後。
地下帝国のVIPルームは、いつもとは違う緊張感に包まれていた。
中央に設置された施術台(スライム・ベッド)の横には、様々な太さのノズルがついた謎の機械と、黄金色に輝くスライムが入ったガラスボウルが置かれている。
そして、扉の前には、巨大な影が立っていた。
「……本当に、やるのか」
低く、くぐもった声。
黒いマントの下に、フルフェイスの兜を被った騎士団長、ベアトリクス・ガードナー様だ。
「ええ、やりますよ。ここまで来て、怖気づいたとは言わせません」
私は白衣の袖をまくり上げ、ゴム手袋をパチンと鳴らした。
「マーサ先生から聞きましたよ? 『もう限界だ』って泣きついたんでしょう? だったら、腹を括ってください」
「う……ぐ……」
ベアトリクス様が言葉に詰まる。
隣でワイングラスを揺らしているマーサ先生が、冷ややかな視線を送った。
「往生際が悪いわよ、ベア。……アリアの腕は私が保証するわ。まな板の上の鯉になりなさい」
「鯉……。私は国の英雄だぞ……」
「ここではただの『肌荒れに悩む乙女』よ。さあ、兜をお取りなさい」
先生の容赦ない一言に、ベアトリクス様は観念したように溜息をついた。
プシュゥ……。
重たい兜が取り外される。
露わになったその顔は、昨日よりもさらに酷くなっていた。
緊張の汗で蒸れたのか、赤みが増し、皮膚がボロボロと剥がれ落ちている。
痛そう。
普通の医者なら、顔をしかめて「安静に」と言うだろう。
でも、私は違う。
(うっひょー! 汚い! 最高にやりがいがあるわぁ!)
私の目は、獲物を狙うハイエナのようにギラついていた。
「……よし。状態確認、完了です」
私は努めて冷静な声を出した(内心はウキウキだ)。
「ベアトリクス様。貴女のお肌は、長年の過酷な環境で『過剰防衛』に入っています。角質が何層にも重なって硬化し、まるでドラゴンの鱗のようになっているんです」
「ドラゴンの……鱗だと?」
「ええ。ですから、普通の洗顔や薬は浸透しません。全部、表面で弾かれて終わりです」
私は黄金のスライムが入ったボウルを持ち上げた。
「だから、まずは『解体』します」
「か、解体……?」
「はい。この特製『ゴールデン・研磨・スライム』を使って、貴女の顔面の装甲(角質)を、物理的に削り落とします」
私が言うと、ボウルの中のスライムが「ギンッ!」と鋭い音を立てて威嚇した。
ベアトリクス様の顔色が(赤みで分かりにくいが)青ざめた気がした。
「ま、待て。削るだと? 顔をか? ヤスリか何かで……?」
「ご安心ください。ナノレベルの超精密研磨です。痛みはありませんよ」
私はニッコリと微笑んだ。
「……たぶん、少し『熱い』のと、魂が抜けるような『衝撃』があるだけですぅ」
「おい、今さらっと恐ろしいことを言わなかったか!?」
「さあさあ、横になってください! 時間は待ってくれませんよ!」
私は躊躇う騎士団長を強引にベッドへ押し倒した。
スライム・ベッドが彼女の体を優しく、しかしガッチリと拘束する。
「マーサ、止めろ! この娘、目が笑っていないぞ!?」
「あら、アリアはいつだって真剣よ。……リラックスして、ベア。美しくなるためには、多少の犠牲(痛み)はつきものよ」
マーサ先生が、まるで処刑を見届ける女王のように微笑んだ。
「では、行きますよ」
私はゴールデン・スライムを手に取り、ベアトリクス様の顔の上に掲げた。
スライムが期待に震え、微細な振動音を立て始める。
チュイイイイ……。
「ひっ……!」
ベアトリクス様が目をギュッと瞑った。
「――施術名、『黄金の龍皮剥ぎ(ゴールデン・ピーリング)』。……開始ッ!」
私はスライムを、彼女の顔面に叩きつけた。
バヂィッ!!
「んぐぅぅぅぅぅッ!?」
地下室に、武人の野太い悶絶の声が響き渡る。
さあ、ショータイムの始まりだ。
その分厚い仮面の下から、どんな素顔が出てくるのか。
そして、その素顔を拝んだ時、この国の最強騎士は私にどんな『対価』を支払ってくれるのか。
私の手の中で、黄金のスライムが歓喜の回転数を上げていく。
今夜、地下帝国に新たな伝説が刻まれる――!
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