第9話「9月:ツキウサギと感謝」

プロローグ

 9月1日。


 秋の気配が感じられる夜。


 満月が、空に浮かんでいた。


 私は、一人で公園のベンチに座っていた。


 明日から、新学期。


 夏休みが終わる。


 ベンチの隣に、それはいた。


 銀色のウサギのぬいぐるみ。


 月の模様が体に描かれている。三日月。


 夜光素材で、暗闇で光っている。


 やや小さめのサイズで、神秘的な雰囲気。


「また...」


 私は、もう驚かなかった。


 ウサギを拾い上げると、案の定、声が聞こえた。


「感謝、伝えてる?」


 静かな声。


 でも、次の言葉は、私の心を見透かしていた。


「でも...言葉にするのは怖いよね」


 私は、頷いた。


「...うん」


「あなたは...」


「私はツキウサギ。9月のぬい」


 ウサギは、私を見上げた。


「あなた、感謝を伝えたい人がいるんでしょ?」


「...うん」


 私は、正直に答えた。


「美月に。ずっと、支えてくれたから」


「そう」


 ツキウサギは、優しく言った。


「でもね、一方的な感謝じゃダメよ」


「え?」


「感謝は、お互いの気持ちを知ることなの。あなたの気持ちだけじゃなく、相手の気持ちも」


 私は、少し考えた。


「美月の気持ち...」


「そう。美月さんも、何か抱えてるかもしれないわよ」


 ツキウサギは、月を見上げた。


「一方的な感謝は、時に相手を孤独にするの」


 私は、言葉を失った。


1

 9月2日。


 新学期初日。


 私と美月は、同じクラスのまま。


「ひまり、おはよう!」


 美月が、いつも通りの笑顔で迎えてくれた。


「おはよう、美月」


 私も、笑顔で答えた。


 でも、美月の笑顔が、どこか無理をしているように見えた。


「美月、夏休み、どうだった?」


「うん、楽しかったよ」


 美月は、笑顔で答えた。


 でも、その笑顔は、少し疲れているように見えた。


「ひまりは? 軽音部、頑張ってた?」


「うん」


 私は、頷いた。


「10月のオーディション、頑張るよ」


「そっか。応援してるね」


 美月は、笑顔で言った。


 でも、その笑顔が、どこか寂しそうに見えた。


2

 放課後、私は一人で手紙を書いていた。


 美月への感謝の手紙。


 夏休み中、ずっと考えていた。


 美月は、いつも私を支えてくれた。


 1月、美月と仲直りしてから、美月は私の一番の理解者だった。


 感謝を、ちゃんと言葉にしたい。


美月へ


いつも、ありがとう。


美月は、いつも私のそばにいてくれた。

辛い時も、嬉しい時も、一緒にいてくれた。


軽音部で失敗した時も、励ましてくれた。

母と喧嘩した時も、話を聞いてくれた。

私が諦めそうになった時も、背中を押してくれた。


美月がいなかったら、今の私はいない。


本当に、ありがとう。

これからも、ずっと友達でいてね。


ひまり


 手紙を書き終えると、私は封筒に入れた。


 明日、美月に渡そう。


3

 翌日、放課後。


 私は、美月を屋上に呼び出した。


「美月、これ」


 私は、手紙を差し出した。


「手紙?」


 美月は、驚いた顔をした。


「うん。読んでほしいんだ」


「今?」


「うん」


 美月は、手紙を開いた。


 読み始めると、美月の目が潤んできた。


 読み終えると、美月は涙を流していた。


「ひまり...」


「美月?」


「ありがとう。でも...」


 美月は、涙を拭いた。


「実は私も...最近、辛くて」


「え?」


 私は、驚いて美月を見た。


「どうしたの?」


「実はね...」


 美月は、ゆっくりと口を開いた。


「両親が、離婚することになったんだ」


 私は、息を呑んだ。


「え...いつから?」


「夏休み中。父が、家を出て行った」


 美月は、涙を流し続けた。


「母は、仕事を増やして、家にいない。私、一人で寂しくて」


「美月...」


「でも、ひまりに心配かけたくなかったから、言えなかった」


 美月は、泣き崩れた。


「ごめん。ひまりは、軽音部で頑張ってるのに、私が悩んでたら、邪魔になるって思って」


 私は、涙が溢れた。


「なんで言ってくれなかったの?」


「だって...」


「私、美月のこと、一番の友達だと思ってた。なのに、美月が辛い時、何も知らなかった」


 私は、美月を抱きしめた。


「ごめん。私、自分のことばかりだった」


「ひまりのせいじゃないよ」


 美月は、泣きながら言った。


「私が、言わなかったんだから」


「でも、これからは言って」


 私は、美月の目を見た。


「辛い時は、辛いって。寂しい時は、寂しいって」


「...うん」


 美月は、頷いた。


 二人で、泣き続けた。


4

 しばらくして、私たちは落ち着いた。


 ベンチに座って、話し続けた。


「美月、いつから辛かったの?」


「夏休みの初めから」


 美月は、正直に答えた。


「父が家を出て行った時、ショックだった」


「...」


「でも、母は強くて、私も強くならなきゃって思った」


 美月は、空を見上げた。


「でも、一人で寂しくて。夜、泣いてた」


「美月...」


「ひまりと旅行に行った時も、本当は辛かった。でも、楽しいふりをしてた」


 美月は、涙を拭いた。


「ごめん。ひまりに嘘ついてた」


「謝らないで」


 私は、美月の手を握った。


「私こそ、気づかなくてごめん」


「ひまりのせいじゃないよ」


「でも、これからは、お互い本音で話そう」


 私は、美月を見た。


「辛い時は、一緒に泣こう。嬉しい時は、一緒に笑おう」


「...うん」


 美月は、笑顔で頷いた。


「ありがとう、ひまり」


5

 その夜、部屋で、私はツキウサギに話しかけていた。


「ツキウサギ、美月、辛かったんだって」


「そうね」


 ツキウサギは、静かに答えた。


「気づかなかった?」


「...うん」


 私は、正直に答えた。


「私、自分のことばかりだった」


「そうね」


 ツキウサギは、容赦なく言った。


「でも、気づいたわ」


「うん」


「感謝は、一方的じゃダメなの」


 ツキウサギは、私を見上げた。


「あなたが美月さんに感謝するだけじゃなく、美月さんの気持ちも知ること。それが、本当の感謝よ」


「...そうだね」


「感謝は、支え合うことなの」


 ツキウサギは、優しく言った。


「あなたが支えられるだけじゃなく、相手も支えること」


「うん」


 私は、頷いた。


「これからは、美月も支えたい」


「そう。それでいいの」


 ツキウサギは、微笑んだ。


「次は10月1日。ハロウィンキャットが待ってるわ」


「ハロウィンキャット?」


「そう。でもね」


 ツキウサギの声が、少し厳しくなった。


「恐怖、乗り越えられる?」


「恐怖...?」


「そう。10月のオーディション。あなたにとって、大きな試練よ」


 私は、少し考えた。


「...怖い」


 私は、正直に答えた。


「でも、乗り越える」


「そう。頑張りなさい」


 ツキウサギは、ゆっくりと動かなくなった。


 私は、窓の外を見た。


 満月が、輝いている。


 感謝。


 それは、一方的なものじゃない。


 お互いに支え合うこと。


 私は、美月を支えたい。


 そう思った。


6

 翌日、学校で、私は美月と話していた。


「美月、昨日はありがとう」


「こちらこそ」


 美月は、笑顔で答えた。


「ひまりに話せて、楽になった」


「よかった」


 私は、笑顔で答えた。


「これからは、もっと話そうね」


「うん」


 美月は、頷いた。


「ひまりも、辛い時は言ってね」


「うん」


 私たちは、笑い合った。


 放課後、私たちは一緒に帰った。


「ねえ、ひまり」


「何?」


「10月のオーディション、頑張ってね」


 美月は、笑顔で言った。


「私、応援してるから」


「ありがとう」


 私は、嬉しくて涙が出そうになった。


「美月も、辛い時は言ってね。私、いつでも聞くから」


「うん」


 美月は、私の肩に頭を乗せた。


「ひまり、ありがとう」


「こちらこそ」


 私たちは、夕焼けの道を歩いた。


 お互いに支え合う。


 それが、本当の友情なんだ。


エピローグ

 9月30日。


 秋が深まってきた。


 私は、軽音部の練習に励んでいた。


 明日から、10月。


 オーディションまで、あと2週間。


 藤井先輩が、声をかけてきた。


「桜井、調子どう?」


「いい感じです」


 私は、笑顔で答えた。


「じゃあ、オーディション、楽しみにしてるよ」


「はい!」


 練習が終わると、美月が部室の外で待っていた。


「ひまり、お疲れ様」


「美月、待っててくれたの?」


「うん」


 美月は、笑顔で答えた。


「一緒に帰ろう」


「うん」


 私たちは、一緒に帰った。


「ねえ、美月」


「何?」


「お母さん、どう?」


「うん。最近、ちょっと家にいる時間が増えたよ」


 美月は、笑顔で答えた。


「まだ辛いけど、少しずつ慣れてきた」


「そっか。よかった」


「ひまりのおかげだよ」


 美月は、私の手を握った。


「ひまりが話を聞いてくれたから、楽になった」


「私も、美月に支えられてるよ」


 私は、笑顔で答えた。


「これからも、お互いに支え合おうね」


「うん」


 私たちは、夕焼けの道を歩いた。


 家に帰ると、母が夕飯を作っていた。


「おかえり、ひまり」


「ただいま」


 私は、笑顔で答えた。


 夕飯を食べながら、母と話した。


「お母さん、10月のオーディション、来てくれる?」


「もちろん」


 母は、笑顔で答えた。


「ひまりの晴れ舞台、見に行くよ」


「ありがとう」


 その夜、部屋で、ツキウサギをバッグから取り出した。


 もう、動かない。


 でも、優しく微笑んでいるように見えた。


 ありがとう。


 あなたのおかげで、感謝の本当の意味がわかった。


 そして、美月との友情が、もっと深まった。


 次は、10月。


 ハロウィンキャット。


 恐怖。


 オーディション。


 怖いけど、乗り越える。


 私は、そう決めた。


 窓の外を見ると、月が輝いていた。


 満月。


 美しい。


 私も、輝きたい。


 そう思いながら、私は眠りについた。


 美月の手を握って。


第9話 了


次回:第10話「10月:ハロウィンキャットと恐怖」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る