第27話 声
キンコンカンコンと代わり映えしないチャイムがなる。
今日も一日の苦行が終わった。
さて、放課後。
梓さんは、まだ戻ってきていない。
午前中の授業、ずっと空席のまま。
どこに行ったんだろう。
にくゑさまアプリ見て、血相変えて出て行ったけど。
心配だ。
でも、私にできることは何もない。
だから、いつも通りサヤカと一緒に文芸部室に向かった。
ちなみに謝罪は二十回プラス帰りにグミを奢ることを確約させられた。
――でも許してくれるのは優しい。
真弓がやることなら、きっと意味があるんだねって、もービッグラブ!!
◇
部室のドアを開けると、椎名さんがいた。
「あ、先輩!」
「やっほー」
私も、いつも通りに挨拶する。
部室は、私たち三人だけ。
三年生たちはあまり顔を出さないし、千晶ちゃんがいなくなってから、ずっとこんな感じだ。
「先輩」
椎名さんが、少し声を落とした。
「千晶ちゃん、まだ見つからないんですって」
「……うん」
胸が、ぎゅっと痛む。
「警察も捜してるらしいけど、手がかりゼロなんだそうです」
「そっか……」
千晶ちゃん。
ううん、もう考えたくない。
「他にも、行方不明になってる人、増えてるみたい」
サヤカが後を続ける。
「ニュースでも言ってた。池袋で、連続失踪事件って」
「……そうなんだ」
「怖いよね」
サヤカが、ぎゅっと自分の腕を抱く。
「何が起きてるんだろう」
私は、答えられなかった。
何が起きてるか、知ってる。
でも、言えない。
影が、人を飲み込んでる。
神様が、人を呼んでる。
そんなこと、言えるわけがない。
◇
部室のドアが、ノックされた。
「失礼します」
ひょろりとしたジャケット姿の男性。
久我さんだ。
「やあ、文芸部のみんな。顔出しに来たよ!」
いつも通りの笑顔。
でも――。
ほんの少しだけ、目が笑っていない気がした。
「久我さん、こんにちは」
「今日も部活? 熱心だね」
久我さんが、部室に入ってくる。
丁度良かった!
先生のことを聞ける!
「久我さん、ちょっとお話が……」
声を掛けると、久我さんは軽く頷いた。
「あ、二人ともごめん、ちょっと真弓ちゃんと話があるんだけど、いいかな?」
言いながらポケットからコインを数枚渡す。
「ありがとうございます! じゃあ、私たち、購買行ってきますね」
サヤカたちが、気を利かせて部室を出ていった。
私と久我さん、二人きりだ。
これなら安心して話せる。先生のこと。
◇
「昨日は、送っていって正解だったね」
久我さんが、窓際に立って言った。
「はい、ありがとうございました」
「梓さん、大丈夫だった?」
「はい。うちに泊まってもらいました」
「そっか」
久我さんが、少し笑った。
「真弓ちゃんらしいね」
「え?」
「困ってる人を、ほっとけない」
久我さんが、窓の外を見る。
「はるかさん、そういうところ好きだって言ってたよ」
柳田先生。今素で名前呼んでたよね、この人。
彼氏いない歴=人生の私に対する挑戦なんだろうか?
――でも。
今朝の、先生のあの様子。
目についた白いスニーカー。
虚ろな目。
「……久我さん」
「ん?」
「先生、最近変じゃないですか? さっき授業で呼ばれる……って」
久我さんの顔色が、さっと変わる。
「……呼ばれる? それって……」
「はい」
「まさか……はるかさんが!?」
久我さんが、小さく息を飲む。
「も、もしかしたらただお疲れなだけかもですけど!」
「そう……そうだよね。生徒の失踪も続いてるし……」
担当の生徒が失踪して今日また教室放棄してる子がいて。
先生の心労も察してあまりあるよ。
「でも……もしかしたら……いや、まさか……」
久我さんは眉をしかめ考え込む。
「久我さん、先生についてあげたほうがいいかもです」
「ああ……そうだね、君の言うとおりだ」
久我さんが、笑顔を作った。
「……今からでも様子を見てくるよ」
でも、その笑顔は無理矢理作ったみたいだった。
いうと久我さんは部室を足早に立ち去っていった。
――本当に何もないといいんだけど。
◇
部活を終えて部屋を出る。
梓さんは、結局一日中戻ってこなかった。
心配で、スマホに何度もメッセージを送ったけど、既読にもならない。
どうしよう。
探しに行った方がいいのかな。
でも、どこを探せば――。
そんなことを考えながら、廊下を歩いていた時。
保健室の前を通りかかった。
ドアが、少し開いている。
中から、声が聞こえた。
「…………ここにですか?」
誰かが、呟いている。
その声――。
柳田先生?
私は、そっとドアの隙間から覗いた。
保健室のベッドに、柳田先生が座っている。
頭を抱えて、小刻みに震えている。
「…………ここにおいでになるのですか?」
先生の声が、震えている。
「ああ……呼んでる……私を……呼んでる……」
ぞくり、と背筋が冷たくなった。
呼ばれてる……?
失踪前に――呼ぶ声が聞こえる。
「先生……」
思わず、声をかけていた。
柳田先生が、ばっと顔を上げた。
「虚木さん……!」
先生の目が、一瞬だけ正気に戻る。
「ごめんなさい、何でもないの」
慌てて立ち上がる先生。
「ちょっと、頭痛がしただけで」
「でも、先生……」
「大丈夫、大丈夫よ」
先生が、無理に笑顔を作る。
でも、その笑顔は歪んでいた。
「もう、帰るわね。虚木さんも、気をつけて帰りなさい」
そう言って、先生は保健室を出ていった。
足取りが、ふらふらしている。
私は、何もできなかった。
――いや、何もできなかった、じゃない!
先生にちゃんと聞いてみないと!!
◇
校舎裏まで来てしまった。
柳田先生を追いかけて、見失って――すぐに追いかけなかったのが悔やまれる!
と、校舎の角から話し声が聞こえた。
こっそり近づいて、耳を澄ます。
「……だから、最近おかしいのよ」
柳田先生の声だ。
「変な声が聞こえるの」
「『来て』って……何度も、何度も」
「どうしたらいいの……怖いの……」
先生の声が、泣きそうになっている。
「はるかさん、落ち着いて」
もう一つの声。
久我さんだ。
「それは、危ないかもしれない。でも一体何故……」
「危ない……?」
「最近、池袋で失踪事件が続いてますよね」
「もしかして、それと関係が……」
「私も、消えちゃうの……?」
柳田先生の声が、震える。
「大丈夫です」
久我さんの声が、優しい。
「僕が、守りますから」
「久我くん……」
「でも、一度ちゃんと相談した方がいい」
「相談……?」
「真弓ちゃんが、探偵さんって人に相談してるって聞きました」
「その人、こういうことに詳しいみたいなんです」
「探偵……」
「一度、話を聞いてもらいませんか?」
少しの沈黙。
「……うん。そうする」
柳田先生の声が、少し落ち着いた。
「ありがとう、樹さん」
「いつでも、力になりますから」
二人の声が甘い。優しい声。
でも――。
何故だろう、いやな予感が止まらない。
私は二人に背を向けて、小走りに駆け出した。
あの人の元に向かって。
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