異界冒険記
蒼花河馬寸
序幕 日常からの解離
異界からの招待状。
【招待:ある者に声をかけ、其の者を一定の領域へと招く事。】
A県。禅朝学院大学附属高等学校。アクセスも悪くなく、年間通しての入学者数は其れ程に多くない。よく言えば平穏。悪く言えば面白みが無い。
そんな学校の教室。学年は2年。クラスはD。時季は初秋の火曜。残りの学生生活も折り返しを過ぎ、学生にとっては正念場とも言える学期。
部活動の大会や文化祭等が控え、教室には熱も同居していた。
「昨日のテレビ観た?」
「なんか面白いのやってたの?」
二人の女子が、そんな会話を繰り広げていた。小さめの身長と短めの髪形、対して高めの身長と背中まで伸ばした長髪。一見すると正反対な二人であり、実際、春頃は仲が悪いと噂される程であった。
「観てないの?探偵のミステリーやってたんだけど。」
「ウチ、21時には寝てたわ。」
「早過ぎない?」
「眠いもん。」
しかし、数か月程前の事。今や二人一緒に居る事は当たり前の光景であり、其れは周囲でも日常に成っていた。
そんな二人の近隣では、三人組の男子グループがガヤガヤと騒ぎ合っている。
「ボス倒せた?」
「無理。あいつガード早いし、硬過ぎるわ。」
「お前が勝てないとかマジかよ。」
ゲームに関する雑談であった。先日、発売されたばかりの新作アクション。眼球で構成された怪物のキャラクターがネットで話題を呼んでいた。
また更に近隣では、二人の男女がノートを広げている。
「ってか、やべぇ!!英語の課題も今日じゃん!!」
「お、そっちも見せてあげよっか?」
「頼むわ!!助けてくれ!!」
「プラスで500円な。」
「此の守銭奴め……」
課題に関する相談であった。互いに仲睦まじい様子であり、其の距離感は恋人関係を仄めかせていた。
其の後方では、二組の男子グループが会話している。
「兄貴は英語やりました?」
「んなもんとっくに終わってる。」
「流石ッスね!!」
髪こそ染めてないものの、口調は荒く、上下関係を感じさせる。俗に言うファッションヤンキーであった。彼等は先週、ひったくり犯を捕らえたそうだ。
「此の人、カッコ良くない!?」
「え~?私はこっちの方が良いと思うけどなぁ。」
其処から少し離れた位置では、女子のグループがスマホを見ながら歓喜し合っていた。流行りの俳優や、バンドマンの話であろう。
「部活終わり、喫茶店行かない?」
「行く行く!!何食べる?」
「私、パフェ食べたいかも。」
また離れた席では、別の女子グループが部活帰りの予定を立て合っていた。学校の近隣にある、老舗の喫茶店が行き先らしい。
「先生が教室に居ないなんて珍しい。」
「何か用でもあったんじゃない?」
「まあいいか。倫矢、部活行こうぜ。」
「おう。」
二人の男子が、教師の所在について話していた。其の片方、
瞬間、教室は光に包まれた。机も、椅子も、生徒も、例外無く輝きに抱かれた。次の刹那、紙が勢い良く破られる様な音が響いた。
同時に生徒達の身体に激痛が走る。そして苦悶の表情のままに、彼等の感覚は消失した。
倫矢のバッグの中に入った楽器に、日本語が刻まれていく。
【27人の少年少女達へ】
退屈な日々から逃れたいと思った事が有る者は多いでしょう。
其れは私達も同じです。退屈は神をも殺す猛毒ですから。
とあるトカゲによって惨めに死亡した貴方達にはチャンスが在ります。
私の世界に招待します。
どうか私の退屈を壊す生き様を……
*********
・・・システム接続を確認
システムへようこそ■■■■様。
個体名"トモヤ・ハガヤ"の異界転移を開始します。
身体:
98.4パーセント構築完了。
霊魂:前世界の霊魂と同様。
96.3パーセント再利用完了。
精神:全世界に酷似した精神を作製。
94.1パーセント作製完了。
≪スキル『旋律』を付与しました。≫
≪基礎戦闘力上昇しました。≫
個体名"トモヤ・ハガヤ"の異界転移が完了しました
システム接続を終了します・・・
*********
トモヤが目を醒ますと、其処は吹雪が吹き荒れて数km先も見えない雪と氷の楽園だった。不幸中の幸いと言える部分は洞窟内に居るという事だけだろう。
トモヤは直ぐに此が夢の類いでない事を理解する。そして同時に、現状が如何に深刻であるかも把握していた。確実に身体を刺す寒さ。意識さえ刈り取られそうな猛吹雪。其の先にあるのは生命の終わりであった。
故に、トモヤは動き出す。洞窟の中へ、深淵へと。やがて、人が通れる様な大きさではない空間へと辿り着いた。行き止まりだ。
「あぁ……クソォ!!」
トモヤは悪態を吐き、拳を地面へと叩きつけた。そして洞窟の外を睨みながら、思考を巡らせる。ガチガチッと歯の鳴る音が虚しく響く。トモヤの両手は震え、身体中は凍てついていた。
「何でもいい……説明をしてくれよ……此は一体、どういう事なんだ?」
《要請を確認しました。スキルポイントを消費してスキル『鑑定』を獲得しますか?》
突如、トモヤの脳内に直接語り掛ける様な、電子的な無機質さの有る女性の声。否、声ではなかった。其れは情報そのものであった。
選択肢は一つしか無い。
《はい/いいえ。》
トモヤは「はい」を脳内で選択する。
《スキル『鑑定』を獲得しました。残りスキルポイントは2170ポイントです。》
スキルポイント?トモヤには聞き馴染みの無い単語であった。トモヤの脳裏に浮かんだ疑問に対し、答えは即座に齎された。
《スキルポイントはスキルを獲得する際に使用されます。また、スキルポイントはレベルが上がると増加します。》
トモヤは『鑑定』とやらを試す事にした。
《対象を設定して下さい。》
此処は何処だと尋ねるように周囲に『鑑定』を使用する。『鑑定』の効果が発揮され、情報が表示される。
《ガリア平原:常に雪が降る土地である。現在ガリア平原付近に
「魔物だと!?」
魔物。予想はしていたが、そんな生物が存在する世界なのかと、トモヤは絶望に打ち拉がれる。同時に異世界転移といった単語も頭を過っていた。
トモヤはゆっくりと息を吸い、吐く動作を繰り返す。そして再び思考を回し始めた。
恐らく、自分を含め、教室の全員は死んだのだ、と。そして、全員が此の世界に飛ばされた。そして、日常を奪われた。
トモヤは拳を握る。強く握り締める。爪が肉に食い込む程に力を込めた。此の力で未来を変えられるのなら、どんな痛みだって耐えてやる、と。
「生き残る……絶対に……俺は生き残ってやる!!」
こうして一人の男の生存競争は幕を開けるのだった。
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