魔女集会へようこそ

星森あんこ

招待状

 初めまして、素敵な作家さん。

 あなたの作品、読ませて頂きました。


 綿のような優しさに包まれるような作品、喪失と悲しみを書いた作品。


 この世のおぞましさを書いた作品、笑みが零れる作品……どの作品も素晴らしいものでした。


 素敵な作家さんに1つ、お願いごとがございます。


 魔女の作品を書いて頂けませんか? 魔女についての資料が必要でしたら、是非『魔女の館』にいらしてください。


 ​───────……


 小説家であるあなたの元に一通の招待状が届く。差出人は1000年近く生きていると噂の魔女……彼女は『生きた本』と呼ばれるほど歴史をその身に刻んでいる。


 彼女についた異名は『全知の魔女』


 そんな魔女からの招待状を無下にもできず、黒い招待状を持ってあなたは魔女の館までやってきた。


 蔦を纏う古びた洋館。庭には幾つもの花が咲き誇り、鉄の門扉もんぴが侵入を拒む。時の流れを止めたかのような景色に、あなたは息を呑む。門扉の前で立ち尽くしていると、何もしていないのに門扉が開かれる。誘われるかのようにして美しい庭を抜け、洋館の扉までやってきた。


 深呼吸し、ノックをしようと手を上げる。すると柔らかく、それでいて凛とした静かな声が響く。


「ノックは不要です。どうぞ、お入りください​─────素敵な作家さん」


 まるで歓迎するかのように、扉がひとりでに開かれる。中からは、肺の奥に沈殿するかのような甘いお香の匂いがあなたをつつむ。あなたは早まる鼓動を抑えつつ、洋館の中へと踏み出した。


「ようこそ、素敵な作家さん。足元にいるトカゲに着いてきてください」


 あなたは足元を見る。そこにいたのは手のひらほどの小さな緑色のトカゲ。トカゲは首を上げてあなたを見ると、すっと視線を前に戻してペタペタと床を這う。あなたはトカゲについていった。


 辿り着いたのは天井まで届く大きな本棚が幾つも並ぶ広い書斎。一度部屋に入れば、方向感覚が分からなくなるほどの本の量に目眩がする。


「驚きましたか? これは私のコレクションです」


 書斎にポツンと置かれた椅子に腰掛け、微笑む魔女がそこにいた。床まで届く艶のある黒髪、貴婦人が被っていそうな青黒いつば広帽子。そこから覗くサファイアの瞳。 新雪のような肌。


 どれをとっても絵になる美しく、麗しい魔女があなたを見つめる。


「来てくださってとても嬉しいです。なにせ、ここ数百年ぶりの交流ですから」


 魔女の言葉にあなたは疑問に思う。この洋館は見た目こそ古いが、山奥にある訳では無い。閑静な住宅街にひっそり佇んではいるが、隣家もあるため人との交流は避けられるはずがないのだ。


「えぇ、えぇ。あなたの疑問はもっともです」


 あなたは疑問を言葉にしていない。しかし、魔女は心を読むようにして疑問に答え始めた。


「私は魔女です。招待状を持っていない人には、この洋館はただの廃墟に見えており、私にも会うことはできません」


 サファイアの瞳が細められ、あなたの不安感も一気に募る。魔女は微笑みを崩さず、あなたに語りかける。


「本題に入りましょう。素敵な作家さんには、魔女の作品を書いて頂きたいのです。この歳になると同族の話が恋しくなるのです」


 物憂げに魔女は遠く見つめる。美しく、どこか胸を打たれるような姿にあなたは思わず唇を噛み締める。


「魔女について知りたいのなら、私がお教えましょう。魔女の話を​─────」


 その瞬間、本棚で静かに並んでいた本たちがガタガタと揺れ始め、鳥のように1冊の本が魔女の元に舞い降りる。薄青色の本だった。


「まずは1冊……とある、魔女とその弟子の物語​─────」

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